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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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小林多喜二はいかに殺されたか
江口渙の「多喜二虐殺」を読む

今年の三月に京都に行って古本や巡りをし見つけた本に
多喜二の遺体を引き取った江口渙(かん)という人の
「多喜二虐殺」が出ていました。
小林多喜二:年譜

ロシア文学に傾倒。労働運動に参加。
昭和初年より代表的プロレタリア作家として活躍。
『蟹工船』『不在地主』『工場細胞』『党生活者』『地区の人々』
などプロレタリア文学運動高揚期に代表的記念碑となる
数々の作品を残した。
24才(1927)共産党に入党、非合法活動中
1933.2.20正午過ぎ、スパイ三船留吉の手引きで逮捕され
警視庁特高・中川、山口、須田らの拷問により
7時間後に殺された。

宮本百合子は多喜二が“傑出したプロレタリア作家”
でありえたのは文学的才能や頭脳のよさのみによらず、
その不撓の精神でプロレタリアートの闘争を全く自身の闘争とし
その課題を自らの課題として倦むことなく刻苦し続けたからである
としている。
(同士、小林の業績の評価に寄せて)1933.4より

悲報を聞いた中国の作家魯迅からの弔電
「日本と支那との大衆はもとより兄弟である。
 資産階級は大衆をだましてその値で世界をえがいた。
 又えがきつつある。
 しかし無産階級とその先駆者は血でそれを洗っている。
 同志、小林の死はその実証の一つだ。
 我々は知っている。我々は忘れない。
 我々は堅く同志小林の血路にそって前進し握手するのだ」

    ドキュメント昭和五十年史2 ファシズムと抵抗 1974.11刊
    〈ドキュメント昭和五十年史〉 著者名 川口浩 編  より


          ~内容を簡単にまとめました~

★警視庁、中川の多喜二への怒りと憎しみ
 地下活動に潜った多喜二は警視庁に探し回られていた。

★1933.2.21夕刊一面に多喜二の死
 江口は慌てて八時過ぎに築地署にかけつけると
 大宅壮一など大勢集まっている。

★遺体の引き取り
 警察の言い分(病死)のままに
 母親は病院から遺体を引き取り家に連れ帰る。
 病院に入れたのは病名をつけるため。

★母の涙
 眩暈で倒れてはならないと手ぬぐいで鉢巻をして
 母親は遺体を抱き起こし初めて泣く。
 「ああ、いたましや。いたましや。
 心臓マヒで死んだなんてウソだでや。
  子どもの時からなんだに泳ぎが上手でいただべに… 
  しめ殺しただ。警察のやつがしめ殺しただ。
  しめられて息がつまって死んでいくのが、
  どんなに苦しかっただべか。… 
  ああ、いたましや。いたましや。」
 と泣きながら
 「これ。あんちゃん。もう一度立てえ!
  みなさんの見ている前でもう一度立てえ!」
 と叫ぶ。

★遺体の検診
 安田博士の指揮のもとで検診がはじまる。
 すさまじいほど青ざめた顔はでこぼこになり、
 げっそりと頬がこけ眼球がおちくぼみ
 十歳も老けて見え左のこめかみには
 バットで殴られたような跡がある。
 首にはひとまきぐるりと細引きの跡。
 両方の手首にも縄の跡。
 下腹部から両足の膝頭にかけて
 墨とべにがらを混ぜて塗りつぶしたような
 ものすごい色に一面染まっている。
 内出血により膨れ上がっている。
 ももには錐か釘を打ち込んだような穴が
 15~6箇所もあいている。
 脛にも肉を削り取られたような傷がある。
 右の人差し指が反対側につくぐらい骨折。
 背中も一面の皮下出血。
 上の歯も一本ぐらぐらとぶら下がっている状態。
 内臓を破られたために大量の内出血が
 すでに腹の中で腐敗し始めていた。

★警察側の説明
 親戚の小林一二さんが警察につかまえる時
 あばれたので多少傷ができ
 検束の時も逃げようとしたので縄をかけたが
 心臓マヒとは無関係と言われ
 信じてそのまま遺体を引き取ってしまったと悔し涙を流す。

★十時過ぎさらに人が集まる
 死に顔を油絵で書いたり、デスマスクをとったり、
 写真をとったりする。
多喜二の死

★伊藤ふじ子がくる
 潜伏中に一緒にいたらしい女性がきて最期の別れをして夜中に去ってゆく。

★翌朝
 小樽時代の愛人で一度は結婚していた美しい田口滝子が
 妹と妹の友人の三人で訪ねてきた。
 身分が低いことを多喜二のためにならないと
 身を引いた滝子も帰っていった。
 友人たちが花などもって弔問にきて葬式らしくなる。

★遺体解剖
 東大と慶応はすでに警視庁の手がまわり断られる。
 慈恵医大が引き受けてくれて寝台車に遺体を乗せて向かう。
 医大は警視庁からの圧力にいったん引き受けたのに
 頑として受けられないと拒否。

 およそ天皇制の絶対的支配のもとにおかれていた戦前の日本では
 どんな学問研究の自由も、いかなる大学の独立も
 あったものではなかったのだ。
 それはただ支配階級の利益に奉仕する場合にだけ
 許されたのだ。
 少しでもその利益に反する場合には、学問の自由はおろか
 遺体解剖の自由さえもない。
 このようにして私たちは、
 小林多喜二の遺体をもう一度寝台車にのせて
 むなしく阿佐ヶ谷の家に帰ってきた。


★非常警戒態勢
 家の周りは多数の武装警官によって非常警戒態勢がとられ
 留守番の人たちは家から追い出され、
 弔問客は杉並署に検束され
 留置場は人があふれた。
 家のものと親戚の人々と江口と佐々木孝丸だけが
 出入りを許される。
 たくさんの花が届くが、
 もってきた人たちも留置場に入れられた。

★告別式
 2月23日の午後1時から書斎兼居間でおこなわれた。
 不当な検束がつづき弔問の人も新聞記者も路地に入れない。
 親戚たちだけの寂しいお葬式になった。
 江口が司会をしたが涙があふれ警視庁の中川の言葉が浮かぶ

 自分たちは天皇陛下の警察官だ。
 共産党は天皇制を否定する。
 天皇制を否定することは天皇陛下を否定することだ。
 そんなやつらはつかまえしだいぶち殺してもかまわない。
 このことを小林に伝えておけ。


★本当の敵は
 警視庁の下っ端のナップ係りの警部なんかに復讐しても
 なんにもならない。
 彼らをして天皇の名において多喜二を
 こんな残忍な拷問で殺させたのは何か。
 日本を明治以来息のつまるほどの専制支配化においてきた
 絶対主義的天皇制。


★火葬場へ
 家から火葬場へ行く時警察の自動車がついてきて、
 沿道にも武装警官。
 大勢の人たちが街にでて多喜二を見送ってくれた。
 午後三時に杉並区の火葬場で焼かれて骨にされた。

★直接の下手人
 須田と山口という大男が多喜二を殺した。
 焼き場から帰ろうとしていると須田が江口をつかまえて
 「よくも小林を東京じゅう持って歩いて
 共産党の宣伝をしてくれたな」
 と検束しそうになったので
 骨壷を抱いて車に飛び乗って難を逃れた。

★三年後
 多喜二と一緒につかまって市ヶ谷刑務所にいた
 詩人の今村恒夫が膀胱結核で保釈になり
 会いに行き当時の話を聞く。

★つかまった様子
 共産同盟の責任者に会う用件があり
 二人で出かけたら特高三人がいた。
 二人が同じ方向に逃げ、
 多喜二は着物で道がぬかるんでいたので追いつかれ
 特高が「どろぼうだあ」と叫んだので
 近くの大勢の運転手に取り押さえられた。

★築地署にて
 水谷特高主任や悪名高い特高係の芦田が取り調べ
 警視庁からはナップ係の中川警部が須田巡査部長と山口巡査をつれてくる。
 よってたかって残忍な拷問が始まる。
 丸裸にされた小林はあくまで頑張り続け、
 床に寝かされて上から踏みまくられ内臓が破れた。
 四時過ぎに死にそうになったのをみて
 調べ室から留置場におろした。

★最期の様子
 同じ留置場にいた鈴木伝三郎の言葉

 それは寒い日の午後二時ごろだった。
 (江口注・四時ごろの記憶違い)
 ひとりの男が二人の刑事にかかえられてはいってきた。
 ひとめ見て、ひどくヤキを入れられたことがわかるようなやられ方で
 ふらふらして歩けなかった。
 わたしはチンピラで不良狩りにあい
 築地署の留置場の第四房に入れられ雑役をしていたので、
 看守とふたりで『この男』をうけとり、
 両側からかかえて監房の中に入れた。
 刑事は『これは共産党のえらい者だ。
 雑役、しっかり見ておれ』と言った。
 もちろん名前はわからなかった。
      … 略
 そのうちにすやすやといびきをかいてねてしまった。 …
 あんまり静かなので顔をのぞきこんだら
 どうも息をしていない。
 ゆすっても目をあけない。
 体に手をあててみると冷たくなっている。
 いつのまにかみんなの知らないうちに
 死んでいったのだ。 


★スパイにより
 留置場では、その日の朝から
 「今日は小林多喜二がつかまってくる」
 という噂が流れていた。
 共産青年同盟の中央委員長であった
 スパイの三船留吉がおびき寄せた。

★多喜二の労農葬
 3月15日に築地小劇場で行われた。

 *******************************

 多喜二虐殺を報じる1933年28日付「赤旗」

 *******************************

治安維持法(天皇制を批判するものは許さない)によって
200名近い人が獄死した。
実際に手を下した人たちは誰一人処罰されなかった。
(天皇制を護持したから)

病気、その他で獄死した人が1503人。

戦前、戦中の国民の思想弾圧に大きな役割果たした治安維持法。
普通選挙権と抱き合わせで
反対派が当選するのを阻止するために出来た恐ろしい法律。

戦後GHQによって、やっと廃止された。

言葉を奪われたり、考える自由を奪われた人間が
どうやって抵抗できるのか。
それは許されないことだがテロという行為をせざるを得なくなる。

今電車に乗るたびにテロ防止を呼びかけているが
過去のテロをやった、そこまで追い込まれた人たちの存在を
気付かなければいけない。

言葉を失い、考える自由を失った人たちが
どう自分とむきあってゆくか。
テロに走らなければいけなかった状況に追い込まれたことを
過去の歴史から学ばなければいけない。
国民がテロに走らないですむような社会を
これからも維持しなければいけない。

 *******************************

小林多喜二の母の語りで多喜二の人間的な魅力が描かれ
心をゆすぶられます。
母 (角川文庫)母 (角川文庫)
(1996/06)
三浦 綾子

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 *******************************

冬の時代、他の文学作品にも弾圧があった。

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」など。

昭和 | 22:06:35 | Comments(22)
コメント
昨日、映画「蟹工船」を見ました。
蟹工船とは、蟹を獲るだけでなく、船の中で缶詰をつくる
工場なのだということ、初めて知りました。

今若者たちの間で、「蟹工船」が多く読まれているのは、
現代の工場や企業組織には同様の体質が今も支配であり、
労働者として共感できるからかも知れませんね。

映画の結末は、ストライキを起こした労働者たちが
船の経営者が助けを求めた日本海軍の銃弾に打たれるという
悲惨なものでしたが、小説の結末は違うそうですね。
読んでみなければ、と思っています。
2008-09-14 日 18:17:58 | URL | ごくらくちょう [編集]
今ブーム
なんと来月だかイギリスで「蟹工船」のシンポジウムがあるそうです。
国際的にもすごく注目されているそうなのです。
小林多喜二に教えてあげたい。

今日近現代史で先生がお話されましたが
最後の画面が軍艦だったのは映画が作られた年に
自衛隊が出来たそうで、また軍国化されるのでは
という危機感があったからではとのことです。
2008-09-14 日 19:33:58 | URL | ひさごん [編集]
いつも興味深く読ませてもらっています。
拷問死のすごさをあらためて知りました。
「蟹工船」の映画は是非見てみたいと思います。
2008-09-15 月 00:34:18 | URL | YOKO [編集]
ありがとうございます
地味なブログですが、読んで下さる方がいると励みになります。
ありがとうございます。
2008-09-15 月 03:50:30 | URL | ひさごん [編集]
泣きながら書いたのね。
「泣きながら書いてます。」
とメールにあったので、いやいやという意味かと思ったら、
泣きながら書くことになるのが、よ~くわかりました。

読んでても辛いね。
拷問をしたがわの人たちが、どんな気持ちなのかな?
罪悪感なんてないよね。
むしろ正義感なのかな。

教育とか、洗脳とか恐ろしいね。

映画「20世紀少年」を見たんだけど、(現代でも)支配層が、悪だということもありだよなと思ったりするこの頃です。
2008-09-16 火 10:29:33 | URL | miro [編集]
支配層が悪
堤未果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」を読みました。
まるまる支配層が悪の本でした。
2008-09-30 火 07:03:44 | URL | ひさごん [編集]
ただ、ただ、びっくりです。。。
勉強します。。。
2008-10-01 水 05:10:25 | URL | 猫の手 [編集]
治安維持法は本当に恐ろしい法律だったそうです。
今自民党が似た様な法律を出そうとしています。
共謀罪は絶対に通してはいけない法律です。
2008-10-02 木 07:42:58 | URL | ひさごん [編集]
反全体主義者
あの軍事国家が生まれたのは天皇制と言う権威を利用した全体主義者がいたからです。全体主義社会は常に求心力を持ったカリスマを必要とします。
ヒトラー然り、ムッソリーニ然り、天皇然り、この三人は当時の全体主義国家、日、独、伊ですよね。そして、スターリン、ポルポト、現在はキム・ジョンイルですかね。いずれ悲惨な結末を迎えるでしょう。
歴史の教訓です。とにかく右翼も、左翼も全体主義はダメ!
社会の安定性と言うことから見ても全体主義はどんでん返しの危険がつきまといます。なぜなら多くの人の選挙によって、民意によって成立していないからです。力によって抑圧し成立している社会だからです。
2009-08-21 金 10:55:00 | URL | アンちゃん [編集]
Re: 反全体主義者
コメントありがとうございます。
天皇は海外からは処刑が妥当と思われていたようですが
アメリカの占領支配に利用するために象徴天皇制で残りました。
これが日本人が先の戦争を正しく認識することを阻害したと思います。
全体主義に陥らないためには情報公開が必須です。
民主党政権の情報公開に期待しています。
2009-08-28 金 22:19:11 | URL | ひさごん [編集]
わたしは小樽の若竹町出身で、子どものころからここで多喜二が育ったと聞かされていました。
父は共産党の活動を積極的に行っていて、当時どうして父がそんなにのめり込んでいるのかよくわかっていませんでした。その父が亡くなり、ふとしたことで「母」を読んでみて、
こちらのページで勉強させていただき、いろいろなことがつながってきていました。
ありがとうございました。
2009-11-29 日 04:33:04 | URL | ミカ [編集]
ミカさん、コメントありがとうございます。
お父様、きっと天国で喜んでいらっしゃるのでは。
本当に多喜二は素晴らしくて若竹町の誇りですよね。
2009-11-29 日 10:31:58 | URL | ひさごん [編集]
怒り
戦後の東京裁判以上に、特高警察は厳罰にすべきと思います。
2011-04-26 火 20:07:28 | URL | laquinta0657 [編集]
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2011-07-02 土 16:30:04 | | [編集]
民主党はダメです。期待できません。情報公開にも期待できません。
2012-03-01 木 06:18:07 | URL | 荒木健次 [編集]
民主党の挫折
民主党もマニフェスト作ってる時はやる気だったようですが、すっかり官僚にしてやられて骨抜きになってしまいました。
日本の民主化はいつでしょう!?
2012-03-01 木 09:33:53 | URL | ひさごん [編集]
このころは世界的に共産主義が社会の敵のように扱われていました。
悲しいことです。
小林多喜二の精神は今なお色あせません。
2012-04-22 日 02:07:26 | URL | [編集]
共産主義は形を変えた独裁として世界的に失敗しましたが、多喜二が目指したものは確かに今も色あせておりませんし必要とされていると思います。
2012-04-24 火 08:48:58 | URL | ひさごん [編集]
思い
いわゆるあの大東亜戦争(侵略戦争)が中国で行われた。1930年代。よくわからない時代。だって、日常生活と身近な戦争と死の匂いのある、天皇を絶えず意識させられる、
体制の圧力の中でかろうじて家族が息して食っていた時代かな。生きたいのに死ぬことを恐れるなという反生物的時代かな。何かと腕を少しでも伸ばすとどっかで眼がひかり、出る釘の打たれる社会かな。豊かな感性は危険視されシバカレル社会なのかな。そこには何か陰湿なこもった中でのいろんないじめが横行していた社会かな。いじけてて貧しくて想像力が抑えられていて。そんな中で、共産主義というキーワードが支配者にとっての大衆を互いに監視し、排撃し、密告しあわす便利なツールがつくられていった時代かな。暴走する権力の蠢きの中で起きた事件のひとつと思う。それから、原爆落とされるまで殺戮の時代に突入したのは数年を待たなかったんじゃなかったのか。
今の世の中これほどひどくなくても、国家特別秘密法、戦争放棄の憲法をぶち壊す、政府の議員数の数の圧倒的多数で、閣議だけで決めた、集団的自衛権の行使容認とか、これを実質のものにするには、極限、多喜二のような悲劇がつくられなという保証はどこにもないと思う。
2014-11-12 水 23:16:26 | URL | 小野わたちゃん [編集]
思い2
戦争=殺戮。これを政府の引き起こす政策決定で、人が死ぬ、傷つく、それも視野に入れて国の基本方針とする。日本ではついこないだまで、憲法9条があるんで誰もそんなの実感してなかったのが、今年の夏から、米国の要請によっては参戦国になるのだ。それも、日本に何ら攻撃してない国が相手だ。それを政府の閣僚どもだけで閣議決定しちまった。え?まじ?本当なんだ。そんなノダメ反対!とデモしているが多くの人は無関心。特別の人種の騒ぎと見ている。多喜二の時代には、すでにおいこら、の警察時代にがっちり縛られ、ムシロ旗一つ上げられない時代になってても、戦う人々はいたんだ。今はそれがまだできる。しかし、デモをテロと言い放つやつ、うるさいってのでヘイトデモといっしょにして押しつぶそうとするやつ。こんなのが実際権力にいずわっている以上、こいつらのよこしまが暴発すればMAXは多喜二のような非業な権力殺人犯罪が起こらないと、絶対断言できるだろうか。
2014-11-13 木 00:11:56 | URL | 小野わたちゃん [編集]
今の時代
多喜二が今いたら、黙ってないと思います。
また権力に押しつぶされてしまうかも。
2014-11-13 木 19:51:09 | URL | ひさごん [編集]
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2016-02-22 月 01:47:57 | | [編集]
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