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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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朝日の「新聞と戦争」より『肉弾三勇士』
善方先生は「生き残った私が伝えなくてはならない事」
と七期に入って航空特攻について6回続けてお話くださいました。
纏めなくてはと心にじりじり重圧を感じてます。

6月13日の朝日新聞の特集記事「新聞と戦争」では
1932年の上海事変で『肉弾三勇士』という美談が生まれ
国民を熱狂させた事について検証しています。
その記事の最後の言葉。

新聞は本来、そうした謀略の真相をこそ追求し、国民に知らせるべきだった。
しかし実際は個人的、組織的な目先の競争にとらわれ、美談作りに血道を上げた。
こうして作られた「自己犠牲の美化」は、のちの特攻の素地となる。


航空特攻のまとめの前段として、この記事を紹介しておきます。

肉弾三勇士


■満州事変が飛び火した上海事変で、中国軍の鉄条網の固い守りに手をやいていた日本軍。
■伍長が部下を三人ずつ二組に分け、敵の銃撃が激しいので鉄条網の前で点火する余裕がないため、破壊筒の導火線に点火して持ってゆき、置いて帰ってくることを命じる。
■先頭の一人が転んで逃げ帰ろうとしたが伍長が「なんだ!天皇のためだ国の為だ行け!」と怒鳴りつけたので三人は引き返して鉄条網の地点で爆死。別の組は無事生還。
■2月22日夜日本クラブで食事をしていた東京朝日などの上海特派員たちが、前線から帰って来た将校から「今朝三人の工兵が爆弾を抱いて鉄条網に飛び込み、突撃路を作った」と聞いて23日現場に行かないまま壮烈な自爆物語の第一報を東京本社に送る。24日記事が出る。
■陸軍省はその日のうちに恩賞の授与を決め教科書への掲載や天皇への上聞の検討を始める。読者から続々弔慰金届く。
■特派員が現地に行って話を聞くと、上官には命令に従った六人を勇士にと言われたが、今さら日本軍隊の絶対服従の精神に従って命令のままに死地に赴いただけの話で、日本軍にはありがちのこととも書けず。
■26日朝日に詳報がのるが自爆を決心してという部分は変更なし。
■27日大阪朝日の社説「日本精神の極致」と大和民族の特質を褒め称える。
■雑誌、映画、演劇、歌、イベントなどでブームとなる。


石原慎太郎が製作総指揮の特攻隊の映画のタイトルは
「俺は、君のためにこそ死ににいく」
君のためにこそ生きる。というのが人間として本当だと思います。

『肉弾三勇士』の話は日本人のカルトな戦争観を助長したと思います。
第二次大戦で日本軍の戦死者のうち実に7割が餓死か衰弱死です。
補給路を確保せず、食料は現地調達の兵隊を大事にしない日本軍。
天皇のために死ねという日本軍。
なんと愚かな戦争をしてしまったのでしょう。
その本質を正しく報道しなかった新聞の責任は重いと思います。
でももしあの時代に生きていたとしたら、この報道の嘘に気がついたでしょうか。
今を生きる私たちも次々おこるブームに流され刺激を求め本質を見失いがちなのは
もしかしたら昔とかわらないのではと思うのです。



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戦争とマスコミ | 19:02:23 | Comments(4)

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