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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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戦前の教育の目指したものと治安維持法
安部晋三が教育基本法を改悪しましたが、京都で戦前の教育に関する
資料を見つけたら、やはり同じようなことが行われていました。

11月25日

3.15事件の後で

★支配階級の子弟たち(社会科学系の学生)が反体制側となり
  大勢検挙されたことは政府にとって衝撃であった。
     
             ↓
       教育の場で思想善導が始まる

★文部省による思想善導対策

・1928(S3)水野錬太郎文部大臣『国体観念の涵養』訓令

 ・・・学校の内外を問わず我が国民の教養および学術の研究は
 一に我が国体の精華を発揚し、国運の隆昌に貢献するを以て
 その基本となさざるべからず(勉強はお国のためにやれと命令)

       学問の自由に対する侵害

・10.10勅令 学生監を学生主事(助教授相当)に改める
  学生指導監督を掌る

・各大学総長を指揮し左翼教授の追放を命令
  最初抵抗があったが、自発的退職に追い込まれた

  河上肇(京大) 大森義太郎(東大) 石浜知行、向坂逸郎、佐々博雄(九大)

  学生の団体「社会科学研究会」もすべて解散させられた

★田中内閣の思想善導に関する声明発表

・1929.9.10 文部省教化運動実施の訓令を発令

・教化運動の中心的担い手として「中央教化団体連合会」設立

 官僚主導のもと半官半民の教化団体、宗教団体、右翼団体総動員して
 『官製の国民運動』

 連合会会長・山川健次郎 ラジオで震災記念日の日に放送したのは
 「震災よりもおそろしいマルクス主義」

 反体制の民衆運動を『思想困難』と非難し不況は国民の精神的堕落のせいと
 
 マルクス主義者などを地域社会の異端者として排除するのに
 町内会、部落会を動員し末端への浸透をはかった

 1928.6日本宗教大会(神道、仏教、キリスト教)首相、文相、出席して
 唯物思想の排除と思想善導のための宗教の役割を強調 

★1928.11 昭和天皇御大礼を利用して
 予算1600万(当時の大金)
 
 特赦、減刑、約65,600人 ラジオ、新聞、雑誌など駆使して
 天皇制のもとに国民を統合しようと大規模キャンペーン

 天皇制の重要な儀式を乱すおそれがあるというだけで逮捕状もなしで
 正当な理由もなく全国の労農運動の活動家たちが大量に検束され

★三団体の解散

 「労働農民党」「全日本無産青年同盟」「日本労働組合評議会」
 いずれも合法団体であったが治安警察法により解散へ

      言論の自由がだんだん失われてゆく


田中義一は何を考えていたのか?

      「良民を良兵に」

 理論でなく長州出身で尊皇攘夷の思想に凝り固まっていた
 共産党の検挙のあと、様々な現体制への批判する団体が出てきた
 田中は情緒的に天皇制批判が耐えられなかった

            ↓

 国家の大プロジェクトとして教育、地域社会、宗教などあらゆる場で
 反体制勢力を押さえ込むため国家が強制的に思想を管理しようとした。
 さらに治安維持法を使って拡大解釈しつつ弾圧を強めていった。

 
治安維持法の改悪

★1928.6.29改正公布施行・治安維持法の改正

 普通選挙と同時の1925年に出来た治安維持法を次のように変更

・国体を変革しようとした者の刑罰に死刑が追加
・目的遂行罪を新設

1929(S4)2承認 緊急勅令

      拡大解釈され敗戦まで7万人逮捕された

思想弾圧

★3.15事件

・内務大臣・鈴木喜三郎(検事総長)ら検察主導の人事で準備された
・3.15を選んだのは第一回普通選挙違反取締りに便乗するため

    共産党員四十数名検挙。主な指導者は逮捕出来なかった

1929S(4)4.16事件

・再度、全国規模で全国一斉検挙 700名検挙 報道禁止されていた
・知識階級の子弟が多く支配者層はショック
・共産党にとっては壊滅的な打撃 活動は以後地下にもぐる
・日本軍の山東出兵反対運動主流派逮捕される
・1929.11.5 新聞報道を解除し「共産党事件」と発表
・幹部党員には無期懲役などの重い刑

治安維持法、さらなる改悪

★1936(S11)5.29 思想犯保護観察法 公布

・これまでの思想犯検挙者 5万9000人 入獄中509人(うち非転向120人)
・保護司などによる刑期満了者や仮出獄者などへの監視

★1937.(S12)12~38.2 労農派教授グループを検挙

★1941(S16)3.10 改正治安維持法

・取締りの対象を追加 宗教弾圧が法的に追認
・被告には司法大臣が決めた弁護人がつく
・被告には控訴権なく、上告が許されるのみ
・予防拘禁制追加 再犯の恐れあらば無期限に拘禁

       治安維持法による拡大解釈で拘束

       戦後米軍によって思想犯やっと開放される





 

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昭和 | 23:31:07 | Comments(0)
第一回普通選挙から三.一五事件(共産党弾圧)へ
第一回普通選挙と五・一五事件

田中内閣は経済が不況に陥り、第一回の普通選挙で野党に対して妨害したにもかかわらず与党が過半数を取れず敗北し非常に危機感を抱き共産主義、社会主義への弾圧始まる

☆田中内閣の内政

1.金融恐慌後、財政膨張政策
 ・陸軍経費の増大
 ・農村救済費の放出    → 租税によらず公債発行。
 ・植民地経営の積極化     インフレを伴う景気建て直し

 ・物価上昇から生じた貿易赤字で赤字に
 ・為替相場の下落→ 輸入品の値上がり→
     → 原料依存の紡績業鉄鋼業など不況に

 産業の合理化の名の下にリストラ・賃金減など国民の不満つのる

2.第一回普通選挙1928(昭和3)2.20
 ・未曾有の露骨な選挙干渉
 ・与党の政友会の買収・饗応はなかば公然
 ・野党の民政党や無産政党は安寧秩序の維持の名のもと大量逮捕

                しかし

 ・選挙では与党が過半数取れず敗北
 (政友会217 民政党216 無産諸派8)

                  ↓

3.最重点政策 『社会主義に対する警戒と弾圧』

 無産諸派の8名当選のうち労働農民等の山本宣治が
 最大193000票獲得

  何故山本が支持を集めたのか?
   一番に求められたのは「政治的自由」
   山本に対する期待とフラクション(小グループの支え)

  サラリーマンなど都市部で小市民層が今までに無く組織的広がりで
  無産政党支持を伸ばす

 これに対して長州出身で徹底的な尊皇派である田中義一は
 大きな危機感を抱き大規模な共産党弾圧へ


 ☆ 三.一五事件

共産党員全国的大検挙 1586人逮捕 488人起訴
(現実の共産党員全国に400名くらいしかいなかった)
治安維持法(1925.T14)が初めて使われた
労働農民党などに解散命令

・余波 学生が多かったので大学から五人の教授を追放
     学問の自由の侵害始まる

・6.29 治安維持法の改正案、緊急勅令で公布

・警察では凄惨な拷問があった
小林多喜二の書いた
一九二八年三月十五日 (白樺文学館 多喜二ライブラリー )以下抜粋

彼は裸にされると、いきなりものも言わないで、後ろから竹刀でたたきつけられた。
  ~略~
終いに、警官は滅茶苦茶に殴ったり、下に金の打ってある靴で蹴ったりした。それを一時間も続けざまに続けた。
彼の身体は芋俵のように好き勝手に転がされた。彼の顔は「お岩」になった。そして三時間ぶっ続けの拷問が終わって、渡は監房の中へ豚の臓物のように放り込まれた。彼は次の朝まで、そのまま、動けずにうなっていた。


・山本宣治が議会で函館警察署における冬の寒空で裸にして竹刀で殴ったりの仕打ちや他にも様々な拷問が行われたことを政府に問いただした時の答弁

 秋田清政府委員
  「ただいま山本代議士がご指摘になりましたような、
  明治・大正・昭和を通じましての聖代において、
  想像するだに旋律をおぼえるような事柄が、
  果たしてあるでございましょうか。
  政府としては、断じて認めることはできませぬ。
  存在せざる事実を前提として、所見を述べる必要はありませぬ。」


☆治安維持法さらなる改悪へ 

・1941(S16)3.10改正治安維持法公布
 宗教弾圧が法的に追認
 被告の弁護人の選任は司法大臣の指定した弁護人から選ぶ
 被告に控訴権ない上告が許されるだけの二審制
 予防拘禁法が追加され再犯の恐れだけで無期限に刑務所に拘禁
 
昭和の幕開けは発言の自由のない、
ものを知る自由がない時代であった。
その事実は戦後国民が主権者になるまで明らかにされなかった。


 ・・・・・明治大学文学部教授・立野正裕先生との出会い・・・・・

人はなぜ旅に出るのか (明治大学公開文化講座 26)人はなぜ旅に出るのか (明治大学公開文化講座 26)
(2007/04)
明治大学人文科学研究所

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この本には昨年の明治大学の公開文化講座の「人はなぜ旅に出るのか」
というテーマで数名の講師の方がお話した内容が収録されています。
その中の立野正裕先生の、「内面への旅―遍歴する精神―」というお話が
とても素晴らしかったと毎年明治大学の講座に出られている善方先生が
昨年の近現代史講座の中でお話してくださいました。
(参考 amazonのカスタマーレビュー
それを聞いていた生活クラブの「大人の学校」のメンバーのMさんが
立野教授にお願いして
大人の学校の講座「児童文学への招待」がシリーズで開催されました。

Mさんからお話を聞いた立野先生からこの本が善方先生に贈られたそうで
先生は思いがけないこととびっくりなさって大変喜んでいらっしゃいました。
実は先生のお話のあと質問の時間がありお二人の方が質問にたちましたが
二人目に善方先生が質問に立たれて、そっくり本に収録されています。
それは質問というより今までの生き方がまさに今日聞いたお話とシンクロして
深い感銘を受けましたと感謝の言葉でしたが
それを聞いていた方々も感動した様子が伝わってきます。
(クリックで大きくなります)
先生の質問

善方先生は本当に素晴らしい出会いがたくさんある方なのです。
人は魂の惹かれあう人には必ず巡り会えるのだと思いました。

  ・・・・・・・・・・・・・・・☆・・・・・・・・・・・・・・・


昭和 | 03:59:48 | Comments(0)

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