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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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「日の丸」と「君が代」についての考察
4/22
「日の丸」は国旗としてスタートしたのではありません。
また「君が代」の君も初めは 君=大切な人、愛する人 でした。
決して古い時代から天皇を表す歌ではありませんでした。
「日の丸」も「君が代」も変遷し、戦争の時代に定着したのです。

〇●〇日の丸の歴史〇●〇

・701(大宝元)正月 …(8月に大宝律令完成)
  宮中の儀式に錦地に日月を金銀で表し、長方形のものを
  棹の先から下げる日幡(ニチバン)月幡(ツキバン)を大極殿に
  
・12世紀未(平安末期)
  扇に日の丸を描いた「日の丸紋」が用いられた
  例…屋島合戦

・1331(元弘元)9月
  足利尊氏、楠正成を湊川に破り、光巌院(北朝初代)の
  院宣を奉じ入洛、その際太陽を表した「錦の御旗」たてる
                        ↓
                    権力の正統性を誇示
・15世紀後半~戦国時代
  太陽を表した旗幟が戦国大名(武田信玄、上杉謙信)に
  用いられ、江戸時代にかけて朝日がめでたいことの
  シンボルとされた
  江戸時代の日の丸
  ※権力の正統制の誇示ではない

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昭和 | 22:13:27 | Comments(4)
『事変』と称されていた戦いが何故『戦争』になったのか(4)
3/25
 
   3/25

 戦争中の動きと今の政界や財界は相通ずるものがあります。
 資本主義社会のひとつの膿ではないかと思いますね。
 資本主義自体が変わってゆかないかぎり難しいと思います。

 明治維新でも市民革命の動きがありましたが
 抑え込んだのが岩倉とか西郷とか大久保たちです。
 市民革命の歴史を持たない民族の不幸が今日にあると思います。
 


◆事変から戦争への道筋

map2_20120422002229.jpg

■ 初期の”戦い”の段階で収められず

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昭和 | 08:38:01 | Comments(0)

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