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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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「二・二六事件」1920~30年代の状況
1/9

昨年の12月3日に市民アカデミアの「植民地主義から見たアイヌモシリ(北海道)、琉球(沖縄)」という上村英明恵泉女子大教授の講座に行ってきました。
憲法が出来たことにより軍国主義は解消されたけれど、植民地主義は解消されてないというお話でした。
沖縄は米軍が元々植民地という発想なのです。

  2011年1月9日



二・二六事件を起こした青年将校たちが、なぜ彼らが事件を引き起こしたのか
彼ら自身の思想形成の時期はどういう時だったのか


◆統帥権干犯論争

★1930(S5)ロンドン海軍軍縮会議 浜口内閣調印

・第58特別議会 4.25 軍縮を巡っての論争

 政友会の鳩山一郎が「用兵と国防の計画を立てることは憲法11条の
 統帥権の作用の中にある」と主張し統帥権干犯論争スタート

・5.25東京朝日新聞社説「統帥権より国民負担の軽減を」

 国備充実は他国に対する脅威であり、軍備競争の禍因である。
 国民が負担の軽減を欲するや切にして国民の涵養を望むや久しい。
 この機会を逸して海軍の主張に屈して政府が軍部に譲歩したならば 
 統帥権問題よりも切実に国民の心が動くであろう。
 政府は軍備縮減による国民負担軽減においてさらに大なる責任を
 感じ、覚悟を決めんことを希うのみ。

★条約に対する国家の最終的な確認

・1930(S5)9.17 枢密院審査委員会、ロンドン条約諮諄案を可決
     10.1 枢密院本会議で可決
     10.2 批准

 国民が支持した軍縮を進めた浜口内閣に対して軍部は不満を持ち
 国会では政友会が統帥権干犯であると攻撃した



◆1920年代~30年代の
  経済・社会状況、軍事行動・思想状況と国際関係


~『昭和維新』を思考した青年将校たちが思想形成した時期~

★経済状況--三度の恐慌と飢饉・取り付け騒ぎ

・1920(T9)  戦後恐慌
 1920年代から30年代は非常に日本の国は経済状況が極めた悪かった
 第一次世界大戦でヨーロッパで戦っている先進国がアジアに輸出しなくなり
 その隙を狙って日本がアジアに大量の生産品を輸出してゆくのだが
 以外に早くヨーロッパが復興し貿易が再開したので
 日本のアジア向けの製品が倉庫にうずたかく残ってしまったのが
 戦後恐慌の始まり

・1922(T11) 全国で銀行取り付け騒ぎおきる
 
・1927(S2)  金融恐慌
 関東大震災で手形の決済が出来なくなり、金融不安がおこり
 鈴木商店(戦前の財閥)に台湾銀行が融資していたものが
 不良貸し付けとなり台湾銀行の救済を政府がやっていく中で
 中小銀行が潰れていった
 恐慌を乗り切ったのが五大銀行(三井、三菱、住友、安田、第一)

・1929(S4) 世界恐慌おこり生糸価格暴落

・1930(S5)  豊作飢饉、農村の不況深刻化
       ○不況時の豊作
       ○朝鮮・台湾から安い移入米が入ってきた
       ○不況下の賃金カット

 ※当時地方譲与税がなかったので
  村の財政は村民税でまかなわれていたが
  村税がたかいので裕福な地主たちは税の安い町へ移籍
  残った収入の少ない農民の税は重くなっていった
  滞納すれば財産差し押さえ、子女の身売り

 青年将校たちは政府に対して怒りを持っていた


★社会状況--労働運動・農民運動の激化

・労働争議
      1929(S4) 576件
      1930   906件
      1931   998件
      1932   893件

・小作争議
      1929   2400件
      1930    同上
      1931   3400件
      1932    同上
      1933   4000件
      1934   5800件
      1935   6800件
      1936    同上

・労働組合
      1929   600余 32万人
      1933    4800 30万人

・農民組合
      1929   4000  32万人
      1933   4800  30万人

・社会主義運動
      1920(T9) 大杉栄ら社会主義同盟結成、即解散
      1921   山川菊栄ら日本で最初の社会主義婦人団体
           「赤瀾会」を結成
      1922   日本共産党、非合法政党として結党
      1925   農民労働党結成

・虎の門事件
      1923(T12) 社会主義運動者を殺害されたことに反発し
           議会開会院式に向かう摂政宮・裕仁を
           難波大助が狙撃し失敗し1924.8死刑

 青年将校たちは危機感を感じていた


★軍事行動・思想状況と国際関係

・1928(S3) 満州某重大事件

・1931(S6) 満州事変勃発 ファッショ団体多数設立

・1932   五・一五事件

・1933   国際連盟脱退

・1935   天皇機関説が国体を破壊するものと
      軍部・右翼・政友会がこぞって攻撃

ファシズムについて
1919 イタリアのムッソリーニがファシスト結成
1921 ドイツでヒットラーがナチス結成

・ファッショ(イタリア語、結束の意味)
国民を反民主・反革命的に再編して全体主義体制を構築
1920年代に生じた資本主義の危機、中国革命から生じた共和体制の
成立などから、天皇制の下に軍部や右翼が国家改造を要求
戦争体制を強化

経済格差の問題がファシズムを生むきっかけとなる

日本のファシズムは欧州のような政党でなく、軍部に依存する
 
・日本のファッショ団体
 ○大日本国粋会
         1919(T8)結成、関東関西の博徒の親分が中心
         1922     関東国粋会が分立

 ○国本社
         1924(T13)結成、平沼騏一郎
                (第二次山本権兵衛内閣法相)
                国民精神作興を期して組織
                司法・内務官僚、軍人が中心
                日本ファシズムの総本山と目された
         1936(S11)   解散

 ○国体用語連合会
          1932(S7)  民間右翼団体の連合組織
                共産主義から自由主義に至るまで
                言論圧迫えを強めた


・平沼が国本社を作ったきっかけとなった詔書
 1923(T12)11.10
 関東大震災後の人心の動揺と社会不安が高まる中で
 政府は「思想の善導」の必要性を痛感し
 『国民精神作興ニ関スル詔書』発布 

syousyo.jpg
(クリックすると大きくなります)

 軽佻浮薄な風潮や社会主義の台頭を戒め
 臣民の助けによって国体を堅固にするのが
 国の大きな仕事であり天皇の願いである

 関東大震災のあと右翼が力を蓄えてゆく状況


◆天皇制下の権力の正統性を裏付けるイデオロギー

★家族国家観~伊藤博文の発想~

 19世紀未(M30年代)以降、共同体秩序(法律・規則)は
 『家族主義』によってい基礎づけられた
 個人よりも家が優先

 共同体秩序は「家」に存在する

 一系制 -- 伝統に基づく

 一体制 -- 家父長制による


★天皇は宗家の家長、臣民は天皇の赤子

 「家族国家観」により忠君一致のモラルによって
 祖国愛は『忠君愛国』へと変形


鶴見俊輔のこの本の一節を紹介します

戦時期日本の精神史―1931‐1945年 (岩波現代文庫)戦時期日本の精神史―1931‐1945年 (岩波現代文庫)
(2001/04/16)
鶴見 俊輔

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15年戦争の始まるまで、日本の教育体系は二つに分かれて設計されていた。
具体的には小学校の教育と兵士の教育においては、日本の国家の神話に軸を置く世界観が採用された。
最高学府である大学とそれに並ぶ高等教育においてはヨーロッパを模範とする教育方針が採用されていた。

 ※教育のダブルスタンダード
  高等教育では海外との交流があるが、国内向けには洗脳教育


★「家族国家」=権力者によって統合された「政治国家」

 権力行使は「すめみまのみこと(すめらみこと)」=天皇
 の命令として至上化された

  すめ=神聖を表す詞 みま=肉体
  みこと(命)=神や貴人の呼び名に添えた語

 権力の無制約な行使は社会的な対立が生じるが
 国内で『一家相和す』『醇風美俗(非政治性)』によって
 上下・対立の摩擦が中和された

 家族国家とは国内の対立が紛争にならないというのが特徴


★敗戦まで続いた暗黙のルール『天皇制は自然の秩序』

 体制の変革を企てるものは自然の破壊者と見なされた


★個人と郷土民の完全な一致

 日本では郷土は「国家の郷土」、郷土を離れた個人はなく
 郷土を離れた国家はない
(個人が郷土社会と繋がりを失うことは祖国を失うこと)
 国家は「一村、一家の延長」
 
 伊藤博文
 「個人と郷土民との全人格的な心情的結合が
  即、公的な国家秩序の支柱となる」


◆宗教になった日本の国家主義
  
 日本の国家主義は国家そのものが天皇そのもので天皇は神
 神に対する絶対的な信頼と服従
 一般の市民が先祖崇拝(氏神信仰)が鞍替えさせられてゆく

 国民の犠牲の上に立つものであり国民益でなく国益ばかり
 
 国家の命令、秩序、軍事的な栄光を維持すること
 軍事力によって他国よりの上に立つことが価値である
 外に向かって勢力の拡大を求めてゆく

 日本は神の国、『八紘一宇』という考えにより
 世界を日本の支配下に置こうとしたことで戦争が拡大した


昭和 | 08:14:58 | Comments(0)
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