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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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二・二六事件、決起の目的
9/25
 
9月20日は東大の加藤陽子教授の「昭和天皇と戦争の世紀」の講座で質問事項もメモして楽しみにしていましたが、終わったら新刊本のサイン会になり残念ながら質問出来るような状況ではありませんでした。

  9月25日の講座

本の内容や書いた意図をお話しくださって、結果的に「昭和天皇と戦争の世紀」については残念ながら一言も触れられなかったのですが、先生のお話の中で皆さんにお伝えしたいことを板書しました。

  加藤陽子先生のお話

一つは七世紀、朝鮮半島の白村江という川なんですけど、百済を応援していた日本の海軍が、新羅と唐の連合艦隊と闘って敗戦したのが白村江の戦いなんです。
この時にのちに天智天皇なんですが、彼が一番恐れたのが唐が日本に攻め込んで来るのではないかと。
狼煙による通信というのがこの後日本で本格化しました。
皆さんご存知の大化の改新645年の狙いがどこにあったかというと、天皇家を中心とした統一国家にしなければ、唐との戦いに勝てないと統一を図ったのが大化の改新。
大化の改新の狙いとは外敵に対抗するためでした。

これと、非常に面白かったのは、加藤先生が敗戦後天皇がマッカーサーに会いに行った。これはどういう意味なのか。

二・二六事件の勃発を聞いた天皇はすぐに大元帥の軍服に着替えた。大元帥は統帥権を持っているので反乱軍を攻撃する軍隊に命令が出来るから。
二・二六事件の鎮圧を何故天皇が急いだのか、加藤先生は「戦争に備えていたから」
1931年に満州事変が起こり、戦争が拡大してゆく中で天皇自身が国内で反乱が起きたら、日本の軍事力が外敵と国内とに分割されてしまう。天皇は戦争に備えていち早く鎮圧をしなければいけないと考えた。
中国大陸の戦争の拡大に備えていた。
大化の改新の時の外敵に備えることと似通っている。

これは加藤先生がおっしゃったのではありませんが、昭和天皇はかなりの軍事戦略家であったと思います。

702年に唐に遣唐使を派遣した。32年ぶりに復活。
日本の国、大和朝廷が攻撃を受けないためですが、この時の遣唐使は倭の国と言ってない。倭の国と言っていた時は豪族の連合体であった。日本という国号を使ったのは統一した国家として改めて唐王朝にお遣いを出した。
統一国家としてのご挨拶。

加藤先生がおっしゃった敗戦後マッカーサーの招きでなく、天皇が自ら尋ねたのは新しい日本の国の代表として挨拶に行った。702年の遣唐使と似ている。



◇青年将校たちの決起の目的

「昭和維新」とは「神国日本ノ国体ノ真姿ヲ顕現セント欲スルニ在リ」

●坂井直中尉が述べた三つの決起の目的
坂井直
一、君側ノ奸臣並ニ大逆不道ノ重臣共ニ天誅ヲ加ヘテ
   此ノ昭和ノ御代ヨリ悪逆ノ本源ヲ断ツコト

ニ、真ニ日本精神ヲ体得セル高潔ニシテ有力ノ士ヲ内閣ノ主班トシ
   健全ニシテ強力ナル政府ヲ樹立スルコト

三、即刻、戒厳令下令ノ大命ヲ仰キ奉リ人心ヲシテ速ヤカニ
   安定ニ導キ遂次ニ時弊ノ改善ヲ計ルコト

   ↓


一、重臣たちに天誅を

ニ、皇道派を煽っていた真崎甚三郎を信頼していたが
   実際の真崎は卑怯な男であった

三、真崎を総理にして安定させたい



蹶起趣意書
Wikipediaより
野中四郎の名義になっているが、野中がしたためた文章を北が大幅に修正したといわれている。1936年2月13日、安藤、野中は山下奉文少将宅を訪問し、蹶起趣意書を見せると、山下は無言で一読し、数ヵ所添削したが、ついに一言も発しなかった。

(クリックで拡大します)
kekkisyuisyo.jpg


謹んで惟るに我神洲たる所以は、萬世一神たる天皇陛下御統帥の下に、擧國一体生々化育を遂げ、終に八紘一宇を完ふするの國体に存す。此の國体の尊嚴秀絶は天祖肇国神武建國より明治維新を経て益々体制を整へ、今や方に萬方に向つて開顯進展を遂ぐべきの秋なり

然るに頃來遂に不逞兇惡の徒簇出して私心私慾を恣にし、至尊絶体の尊嚴を藐視し僭上之れ働き、萬民の生々化育を阻碍して塗炭の痛苦に呻吟せしめ、随つて外侮外患日を逐ふて激化す

 所謂元老重臣軍閥完了政黨等は此の國体破壞の元兇なり、倫敦海軍條約並に教育総監更迭に於ける統帥權干犯、至尊兵馬大權の僭竊を圖りたる三月事件或は學匪共匪大逆教團等利害相結で陰謀至らざるなき等は最も著しき事例にて、其の滔天の罪惡は流血憤怒眞に譬へ難き所なり。中岡、佐郷屋、血盟團の先驅捨身、五・一五事件の噴騰、相沢中佐の閃發となる、寔に故なきに非ず

 而も幾度か頸血を濺ぎ來つて今尚些も懺悔反省なく、然も依然として私權自慾に居つて苟且偸安を事とせり。露支英米との間一触即發して祖宗遺垂の此の神洲を一擲破滅に墮らしむるは火を睹るよりも明かなり

 内外眞に重大危急、今にして國体破壞の不義不臣を誅戮して稜威を遮り御維新を沮止し來れる奸賊を芟除するに非ずんば皇謨を一空せん。恰も第一師團出動の大命煥發せられ、年來御維新翼贊を誓ひ殉國捨身の奉公を期し來りし帝都衞戍の我等同志は、將に萬里征途に上らんとして而も顧みて内の世状に憂心轉々禁ずる能はず。君側の奸臣軍賊を斬所して、彼の中樞を粉碎するは我等の任として能く爲すべし。臣子たり股肱たるの絶對道を今にして盡くさざれば、破滅沈淪を飜すに由なし

 茲に同憂同志機を一にして蹶起し、奸賊を誅滅して大義を正し、國体の擁護開顯に肝腦を竭し、以て神洲赤子の微衷を獻ぜんとす

 皇祖皇宗の神靈冀くば照覽冥助を垂れ給はんことを

    昭和十一年二月二十六日
                 陸軍歩兵大尉 野中四郎
                        外同志一同




現代語訳

謹んで思いめぐらしますに、我国が神州である理由は、万世一神である天皇陛下御統率のもと、国を挙げて一体となり、生々化育(自然が万物を育て、宇宙の運行を営むこと)を遂げ、ついに八紘一宇(世界を一つの家とする)を成し遂げる国体にあります。この国体の尊厳・秀逸さは、天祖(天照大神)が国をはじめ、神武天皇が建国したときから、明治維新を経てますます体制を整えており、今やまさに万国に向かって開顕進展を遂げるべきときであります。

しかし、このごろ、ついに不逞凶悪な輩がむらがり出て私心・私欲をほしいままにし、天皇陛下の絶対的な尊厳を軽視して身分を超えたおごりたかぶりが働き、万民の生々化育を阻害して、塗炭の苦しみにうめかせています。そのため、外国に侮られ、外患が日を追って激化しております。

いわゆる元老・重臣・軍閥・官僚・政党などがこの国体破壊の元凶であります。ロンドン海軍条約ならびに教育総監更迭における統帥権干犯、天皇陛下の兵馬の大権を身分を越えて盗もうとした三月事件、あるいは学者や共産主義者、大逆教団の国賊どもが利害において一致し、陰謀をめぐらしていたというのは最も著しい事例であって、その勢いの盛んな罪悪は、血を流すまで憤怒してもたとえることは難しいほどであります。中岡、佐郷屋、血盟団がさきがけて身を捨て、五・一五事件がわき起こり、相沢中佐が刀をきらめかせた
のも、本当に理由のないことではございません。

しかも、何度か首から血を吹き出すようなみそぎを経た今もなお、わずかのざんげ・反省もなく、しかも依然として私権・私欲を握って、まにあわせの一時しのぎに汲々としております。ロシア・支那・英・米との間は一触即発、代々の天皇がお残しになったこの神州を一投げで破滅に陥れてしまうのは、火を見るよりも明らかなことであります。

内外まことに重大危急、今、国体破壊の不義不臣を誅殺・殺戮して、御稜威(みいつ=天皇陛下のご威光)を遮り御維新を阻止してきた奸賊を刈り除かねば、皇謨(天皇の国家統治のはかりごと)をだいなしにしてしまうでありましょう。ちょうど今、第一師団出動の大命が発せられ、年来御維新翼賛を誓って国に殉じ身を捨てる奉公を望んできた帝都常駐の我ら同志は、万里の征途に上ろうとしておりますが、国内を顧みて、そのありさまを見るにつけ、憂いの心がどうしても抑えられません。君側の奸臣・軍賊を斬り除き、連中の中枢を粉砕するのは、我らの任務として全うすべきことであります。臣下であり股肱の臣としての絶対的な道を今尽くさなければ、破滅・零落を防ぐことはできません。

ここに同じ憂いを有する同志が機を一つにして決起し、奸賊を誅滅して大義を正、国体の擁護開顕に知恵のありたけを尽くし、それによって神州人民の真心を献上いたしたい。

皇祖皇宗(天皇歴代の祖先)の神霊、ねがわくば照覧たまわり、陰に援助をたまわらんことを

 昭和十一年二月二十六日
                  陸軍歩兵大尉 野中四郎
                         ほか同志一同



後半は松本清張が丹念に取材した20年前に放送された二・二六事件の再現ドキュメントを観ました。
昭和 | 17:37:45 | Comments(0)
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