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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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『事変』と称されていた戦いが何故『戦争』になったのか(2)
2/12
 
   2月12日

    この日の講座はご用があり1時間でした。
    先生はお忙しい日々が続き体調を崩され、
    この次の会をお休みなさいましたが
    安静になさって、すっかり回復されました。
    先生のご健康であることを感謝し、
    どうぞご無理なさらないでと皆で思ったことでした。

 


何故日本軍が盧溝橋付近で演習をやっていたか
map4.jpg

■ 当時、豊台には一木清直少佐の率いる一個大隊と歩兵砲部隊が駐屯中。
  1936(S11)新設された兵営の周囲は畠に囲まれていて、十二分に
  演習する場所が無かった。

■ 中国側は日本軍の意図に対して猜疑と疑惑を抱いていた。
  事件発生より先、天津駐屯軍側が鉄道経営の名目で豊台から盧溝橋の
  中間地帯の測量をした。
  作業終了後、この地帯の咀嚼または買収を中国側に申し出た。
  この時の日本軍の意図は、兵営と飛行場の設営にあったが、北京で
  数回にわたった交渉で中国側は拒否し続けた。


当時の新聞


6月9日(事件の翌々日の新聞)
■ 東京日日新聞
盧溝橋事件の新聞1

■ 朝日新聞
盧溝橋事件の新聞2

庶民が何の情報もないで読んだ場合、中国が悪いと思ってしまった。

1937年(S12)の日本の財政状況

 税収でなく42.5%の国債によって戦争が遂行されていた
 国家財政のほぼ半分が軍事費に使われていた
 この先、終戦までどんどん軍事費の割合が増えて行った

  ・歳出決算総額 52億4900万円
 
  ・国債発行額   22億3000万円(依存率 42.5%)

  ・臨時軍事費   25億4000万円(歳出額の48.4%)
             (国債発行と北支事変特別税など)

 庶民にとって重い税負担の他に、戦争によって身内の命を失う人もいた
 どんな理由があっても戦争だけはしていけないと肝に銘じなければいけない
 正義の戦争などあり得ないという信念を持たないといけない
 国に命を捧げることを美化することはしてはいけない

8日、3:00 大隊長、豊台の部隊を一文字山に集結。
4:00頃、竜王廟方向より3発の銃声を聞き、大隊長、北京駐在の連隊長、牟田口連也に電話で報告。「支那軍の2回までも射撃するは純然たる敵対行為なり。断固戦闘開始して可なり」と命令をうけ4:23 攻撃開始。


Wikipedia牟田口廉也 http://bit.ly/LnsSJt
   ↓
 支那事変の拡大役を務めた人物
 満州事変の時に東条英機の部下だった
 無能で有害な上官であった→ Wikipedia インパール作戦

■ 当時、特務機関の桜井徳太郎中佐らは衝突回避のための奔走し
  なんとか現地で納めようとした

■ 日本兵一名が不法射撃の後で行方不明になり、その後戻ったが
  意図的に上官に4時間遅れで報告される
   ↓
  わざと中国軍の攻撃で兵がやられたと思わせる状況を作った
   
■ 中国側、秦北京市長は日本軍の行動は計画的攻勢ととらえた
  (日本軍が演習をしていたのは中国側が認めてない場所)


陸軍中央部の動き

■ 陸軍省、参謀本部の対応策は二分

 ・強硬派 兵力3個師団を急派。これを機に華北を第二の満州国に
  (=拡大派 東条英機、小磯国昭)

 ・慎重派 対ソ戦備に専念しなければならない時期
       中国との戦争は避けるべき
  (=作戦部 石原莞爾ら)

■ 8日夕 取りあえず不拡大方針を決め
  閑院宮参謀総長の指示として支那駐屯軍に打電

■ 同時に事態が拡大した場合に備えて

 ・派兵の準備を備える

 ・9月に予定していた東京以西の各師団の
  歩兵部隊の除隊の延期を決定

■ 9日早朝 中央内部の拡大派、関東軍などの突き上げで
  陸相・杉山元、内地からの兵力派遣方針を閣議に提案決意

 Wikipedia杉山元 - http://bit.ly/JCgaoB
   ↓
 慎重派であったが、東条らの突き上げによって拡大派に

■ 支那派遣軍参謀長・橋下群少将が「停戦協議の成立」の報告
   ↓
 杉山陸相の閣議での提案は一時見送り

■ 閣議での対策

 ①今次事件の原因は全く支那側の不法行為に基づいたもの

 ②我方としては事変不拡大の方針を堅持
 
 ③支那側の反省による事態の円満収拾を希望する

 ④もしも支那側に反省なく憂慮すべき事態を招来する危機を
  見るに至らば、わが方としては適切な処置を講ずる

 その他、下記のことを決めた
  「支那兵の撤退、責任者の処罰、支那側の謝罪、今後の保障」

<参照・引用文献>
 ・亀井宏「しょわの天皇と東条英機」光人社刊
 ・歴史学研究会議編「太平洋戦争史2 日中戦争1」青木書店刊 
            他

9日 竜王廟付近の堤防に支那軍進出

9日 停戦の話し合いが始まる
冀察きさつ政府(河北省とチャハル省を統治)は城外に派兵されているものは攻撃も差し支えないが、場内には多数良民がいるから攻撃は待ってもらいたい

10日夕 牟田口、独断で竜王廟を攻撃
支那軍全滅 住民も全員殺害


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昭和 | 21:45:40 | Comments(0)
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