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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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明治政府による新しい神道の国教化
2/23
    
 日本には近代という時代がなかったと思います。
  2014/2/23コムナーレ
 明治維新は士農工商の身分制度の解体で終わってしまった。
 討幕派の革新的な下級武士が全てを新しくするという建前で
 政治を変革しただけで、政治革命ではなかった。
 西欧諸国では市民革命によって国民主権になり近代に入って行ったが
 日本の歴史には近代がなかったのです。

 1946.11 憲法誕生。日本の近代及び現代の始まり。
 


〇●〇世界の市民革命が近代の始まり〇●〇

ヨーロッパでは産業革命によって生まれた産業資本家が自らの手で製造し販売し、王ではなく自分たちが主権者であると意識し17世紀絶対主義の国から民主主義の国へと変革する。

〇イギリスのピューリタン革命(1642-49)
 勤労と親交を結び付けていた人たち。産業資本家層から清教徒が生まれる。

〇アメリカの独立革命(1775-83)

〇フランス革命(1789-99)

※主権者が「王 → 国民」となるのが近代の始まり


■ 明治政府による新しい神道の国教化

●伊勢神宮の参拝の歴史

・672年壬申の乱の時から伊勢神宮は天皇家にとって大切な神社になる
 671年に天智天皇が亡くなり、翌年内乱起こり、
 弟の天武は伊勢神宮に参拝し勝利
 壬申の乱 - Wikipedia

・江戸時代は無銭旅行としてのお伊勢参りが庶民の娯楽
 当時は農業の豊作を祈願し外宮にお参り

  内宮=天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  外宮=豊受大御神(とようけおおみかみ)

・1869年 17歳の明治天皇が初めて伊勢神宮へお参りする

・明治以降、小学校の卒業旅行が伊勢神宮の参拝になった
(善方先生も車中泊で行った)


●神仏習合から神仏分離へ

・8世紀仏教が伝わってくると神道と融合し調和してゆく

・明治のはじめに神仏習合を否定する動き
  ↓
 1868 神仏分離令(明治元年3月)

・本居宣長と平田篤胤が神道の国教化をすすめた

・1870(M3) 大教宣布の詔 大教宣布 - Wikipedia
 (天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本を祭政一致の国家とする)
 当時天皇は18歳で時の政府の官僚が作った

・神社は国家の宗祀(そうし=宗教機関)となる

廃仏毀釈 - Wikipedia


●1871年に神社の社格を定めた

近代社格制度 - Wikipedia

・伊勢神宮は別格

①官幣社 → 天皇と皇族を祀る神社

②別格官幣社 → 国家に功績を挙げた忠臣を祭神として祀る神社

③国幣社 

④府県郡村社 

⑤無格社

※国家神道では古い神道の歴史にはない実在の人物を祀る


●対立を避けるためのスローガンが「祭政一致」

・明治時代に太政官と神祇官が復興し、
 神祇官は太政官から独立し行政機関の筆頭に

 神祇官 - Wikipedia  太政官 - Wikipedia

・天皇は天照大神の子孫であるため日本の国土を支配する権限を持つ


●靖国神社

・御霊信仰として軍が管理する軍の宗教施設

靖国神社 - Wikipedia




明治 | 04:58:46 | Comments(0)
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