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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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張作霖爆殺、その2
明治大学の公開無料講座の無言館の窪島誠一郎のお話を聞いてきました。
善方先生
無言館の絵は反戦の絵と言われていますが、
画学生たちは戦争のむごさでなく家族、女性、自然を描いています。
彼らは多くの人や故郷の自然を愛して、愛されて、
それによって生かされていました。
その想いを断ち切らなければならなかった人たち。
(絵を通して)死者の想いに生者が感動するのです。

  **********************

★張作霖爆殺計画が出た背景

 政府は関東軍が奉勅命令なしで満鉄付属地外に出動するのは
 外交問題になることを危惧していた。

 ☆1928(S3)5.16閣議で「満州地方の治安維持に関する措置案」決定。
        5.18南京、北京両政府に覚書として通告
          村岡関東軍司令官も覚書を受領
          村岡独断で軍司令部を奉天に移駐、主力も奉天に集結     
 
        5.19鈴木参謀総長、関東軍に対して満鉄付属地外に出動しないよう指示
         

 ☆村岡関東軍司令官、出兵命令が出ない苛立ちから密かに張作霖暗殺計画たてる
 ☆この計画を知った河本高級参謀は満蒙の武力占領のきっかけとなる独自の暗殺計画立てる

 計画そのものは、麻薬中毒の中国人三人をだまして犯人に仕立て上げ
 すぐにばれる「蒋介石の命令書」を捏造したり
 導火線をそのまま残しておいたり(すぐに戦争になるとふんで)
 非常に杜撰であり犯人役の中国人一人生き残り犯行ばれる
 天皇は心配


★爆殺後

 ☆田中首相は軍の犯行であることを直後に知る

  第一報は張作霖次男を預かる貴志弥次郎の報告で「日本軍の関与相違ない」

 ☆林総領事は陸軍がやったことを認識するも曖昧に首相に報告

 ☆12.24 田中首相、天皇に上奏
  関東軍参謀河本大佐の計画であり、軍の軍規をただすべき

 ☆河本帰国時、荒木参謀本部作戦部長と小磯航空本部総務部長と
  小畑参謀本部作戦課長の三人は東京駅に出迎え料亭で会合
  荒木は田中首相に圧力をかけるよう工作

★田中追い落としの勢力

 ☆反長州閥グループやエリート幕僚中堅層グループ
 ☆松本剛吉議員による閣内反田中派閣僚増に努める

★田中首相、処分をめぐって退陣へ

 ☆田中は正式な裁判で処分を要求したが統治権の首相は命令不可
  統帥権の大元帥陛下(天皇)は注意したのみ

 ☆明治末期の不況下で二個師団の増設案が国会で否決
  陸相やめて補充断られると内閣は倒れる

  **********************

この写真はかつての教え子が是非現場を見てみたいと卒業後中国に行き
張作霖爆殺現場の写真を撮ってきてくれたものです。
生徒さんが撮影してきた現場



昭和 | 03:01:26 | Comments(0)
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