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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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昭和恐慌 その2(前段)
悲しみの善方先生
 先日長い付き合いの
 私と同じ生き方をしていた56歳の教師が
 急性の癌で亡くなったと電話をいただいて
 教会の前夜祈祷会に行ってきました。
 私が京都へ行った後を
 託そうとしていたのですが…
 大変ショックを受けています…


昨日夜立川にミュージカル「ロラ・マシン物語」を観に行きました。
プロではない一般市民が100人出演していて本当に感動しました。
その一人は川口女子校時代の7歳年下の女性の方も出ていて
あと二人の教員仲間と観てきました。
帰りにつくづく「いい仲間に恵まれることが一番の財産」だと。

ロラ・マシン物語
ロラ・マシン物語


ロラ・マシン(トマサ・サリノグさん)とはどんな人?

戦時中、母親のいないロラ・マシン(トマサ・サリノグさん)は
日本兵に連行されそうになり
止めに入った父親は首を切り落とされてしまい、
ロラは日本軍の従軍慰安婦になる。
彼女は日本軍の性奴隷制度について日本政府を訴えるが
政府は国家としては保証しないで民間で寄付を集め送ろうとした。

 1993年 4月  東京地裁に提訴。
 1995年    日本政府が設立した財団法人
          「女性のためのアジア平和国民基金」
          一人200万円の「償い金」の受け取りを拒否。
 1998年10月 地裁は棄却。
 2000年12月、女性国際戦犯法廷にて証言。
 2003年12月 最高裁で上告棄却・上告受理棄却、敗訴確定。

 2007年4月死去。

女性基金の寄付を断る手紙

2001年4月4日
アジア女性基金 松田さま

 平和をお祈り申し上げます。
 2000年12月、わたしは東京で「女性国際戦犯法廷」に参加し、正義が達成されたという感覚を、やっと感じることができました。これまでは決して感じることのなかった気持ちでした。
わたしはまた、アジア女性基金が提供してくださるという償い金では、わたしが女性として受けた権利の侵害、わたしに対して犯された重大な諸犯罪は、決して埋め合わせにはなり得ないことにも気づきました。日本政府 は、戦争中に日本軍がわたしの父やわたしに対して行ったことについて責任を問われるべきです。

 わたしは今や貧しく年老いた女性です。必要なものはあまりありません。一人暮らしで、毎日その日を何とかやっていこうとしています。
年老いたわたしに今必要なのは、残りの日々を平和な気持ちで暮らすことです。お金は、どんな額であっても、わたしの父の死や、わたしの未来が失われたこと、夢が果たされずに終わったことの償いにはなり得ません。

 わたしは1992年に「慰安婦」として名乗り出ました。正義を求めたこの10年の苦闘の後、「女性国際戦犯法廷」が、ずっと思い焦がれてきた正義をわたしに与えてくれました。わたしたちに耳を傾け、真実を求めてわたしたちに尊厳を返してくれた裁判所は、これが初めてでした。

 わたしは、松田さんからお勧め受けたアジア女性基金のお申し出を、受けとらないことに決めました。これでわたしは、残された日々を、正しいと思うことのために自分は立ち上がったのだと満たされた気持ちで生きていくことができます。

 どうぞご理解いただけますように。ご親切なお申し出をありがとうございました。

トマサ・D・サリノグ

ロラマシンの安部首相への手紙

2007年3月28日
内閣総理大臣 安部晋三首相 様

 わたしはフィリピン、アンティケ州サン・ホセ市の住人で、現在78歳のトマサ・サリノグと申します。
 1942年に日本兵士たちがアンティケ州サン・ホセ市の私たちの家に強制侵入したとき、わたしは13歳で、一人娘として父と二人で暮らしていました。
わたしの父は、兵士たちが私を連れ去るのを防ごうとして兵士たちに殺害されました。

 それから約2年間、わたしは日本 兵士たちによって奴隷として監禁され、強かん、虐待されました。
日本 兵士たちはわたしから唯一の家族を奪いました。
わたしは赤貧の中、一人ぼっちとなり、面倒をみてくれる人もいなくなったため、学校に戻ることはできず、生き延びるために働かなければなりませんでした。
戦争と性奴隷制によって、わたしの人生と将来は破壊されました。

 わたしは今や年老い健康も蝕まれています。
日本兵士による虐待と、生き延びるために余儀なくされた重労働によって負った病は、今も続き深刻さを増しています。

 わたしは貧しく健康を害する中で、アジア女性基金の受け取りを拒否しました。
アジア女性基金によるつぐない金では、わたしへの女性の人権の侵害と深刻な犯罪を償うことはできません。
日本軍がわたしの父親とわたしに対して行った行為に対して、日本政府は責任をとらなければなりません。

 安倍首相、わたしたちが語った真実を認めるよう、あなたへ要請します。
それが、わたしが祈り求めてきた正義です。
わたしたちは日本の平和への取り組みについて知っていますが、正義がなければ世界で平和は実現されません。
わたしが死ぬ前に正義が実現されることを願います。

トマサ・サリノグ


この手紙の翌月彼女は亡くなった。


 

長くなるのでひとまず一区切り 続く

昭和 | 21:09:07 | Comments(0)
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