■講座内容と日程
■プロフィール

ひさごん

ひさごん

生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

■リンク
■最近の記事
■最近のコメント
■過去ログ
■カウンター
■戦争の作り方

戦争の作り方

■Keep9

banner

■メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

■検索フォーム

■カテゴリ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
昭和初期の世相
 ◆先生の口癖

 私は皆さんと共に学べて、本当に幸せです。
 退職してお声をかけていただき、お蔭様で家にこもって
 テレビを観るだけの老人にならないで済んでいます。
 ありがとうございます。


 先生は北浦和のくらぶルーム暖の近現代史講座の他にも
 蕨の長く続いている歴史講座や宮原の女性史講座、
 新座の「憲法を読む会inにいざ」でも講師をなさっていらっしゃいます。
 歴史だけでなく文学についての講義もしてくださいます。
 単発の講座でもよく講師を頼まれていらっしゃって
 7.25(金)には浦和コルソの『平和のための埼玉の戦争展』で
 先生の体験を下に作られた紙芝居「さくら」が上演され
 オリジナル「さくら」の歌の演奏と先生の短い講演がありました。

 戦争で死んでいった方たちの想いを決して無駄にさせない
 その想いから暑い日は汗をかきかき、寒い日はマフラーをまいて
 ボランティアでくらぶルーム暖まで通ってくださっています。

 二月に鎌倉に課外授業に行った時は蕨と新座の講座の方もいらして
 新座の講座の方とはその後もずっとメールのやり取りしています。
 先生のおかげで“共に学ぶ”お仲間とも出会えました。
 「仲間がいることの素晴らしさ」も先生はいつもおっしゃいます。

 下の写真は「憲法を読む会inにいざ」の会報で先生の講義録です。
 お仕事を引退なさった方の作られたものだそうで
 その立派さにびっくりしてしまいました。
憲法を読む会inにいざ 会報

 先生の夢は奥様と大好きな京都に引っ越して大学院に入って
 思う存分学びたいということです。
 早く夢がかないますようにと願いつつも
 いつまでもずっとお元気で講義していただきたい
 と思っています。

                              ひさごん
 

不況から生まれた文化、思想について

★不況の労働者の生活

・都会で失業者の急増
 (エコノミスト誌の推定で20~30万人)
       ↓
 帰農者が増え農村の窮乏に拍車がかかる

・賃金不払い、カット

・東京では

 職業紹介所には深夜2~3時より求職者が押し寄せ3人に1人職に就く
 しかし9日に1日の割で就労

 低賃金、労働時間の延長
 (植民地労働力と労働条件の移入)

 1927(S2) 女子賃金は男子の39% 日給50~70銭
        
  (当時の物価) カレーライス7~10銭 銭湯6銭 市電7銭
            熟練工、大工月給換算50円 少年工10円
            大卒初任給50円 

 フレデリック・ルイス・アレン(米のジャーナリスト)
 「オンリー・イエスタディ 1920年代のアメリカ」27年刊

 『不況とは単なる経済状態以上のものである。
  それは一つの精神状態を表す。
  その時代に特有の思想文化状況を生み出す』


          ↓
 マイナスの文化、思想が誕生する 

 エロ・グロ・ナンセンス モダン


★明治の仏英の文化から、昭和は米の文化へと

 アメリカ文化とは最も進んだ資本主義社会にあう文化

 実利的=アメリカニズム アメリカ主義
 機械文明に影響受ける 大量生産大量消費
 日本にもそれに即応するような生き方が市民に広がる

★日本人が憧れた消費文化

・自動車、映画、ラジオ

・カフェ、ジャズダンス普及

 大宅壮一の言葉『モダン層とモダン相』1930年刊
 
 「モダンライフとは感覚的満足を目的とする
  一種の消費経済であり感覚文化である」

 「モダンライフとは刺激はあるけど感激はない。
  昨日もなければ明日もない。
  あるものは人工的な刺激。
  人工的な刹那があるだけだ。」

 「消費生活においてトップを切るものは常に没落した
  中産階級である。
  上流階級の享楽生活は回顧的であり
  下層階級のそれは追随的である。
  前者は歌舞伎と謡曲と待合を愛し
  後者は剣劇と安来節と遊郭を喜ぶ。
  しかるに没落した中産階級であるところの
  有識無産階級は西洋映画とスポーツとカフェーの中に
  生の喜びを見出すのである」


★なぜ刹那に生きるのか

 金融恐慌がおこり預金が保障されない。
 後を追うように昭和恐慌が襲ってきた。

 そんな中で刹那だけを追い求めてしまった。

★そんな時代にどんなことがあったのか

・1927年(S2)

 <流行語> モボ・モガ

 3.27 アメリカから“青い目の人形”(約1万個)贈られ歓迎会
     返礼に日本人形贈る

 5.30 東洋モスリン亀戸工場妥結
     女工が初めての外出の自由獲得

 7.24「ぼんやりとした不安」という言葉を残して
     芥川龍之介、服毒自殺。

 11.19 北原泰作二等卆、名古屋練平場で天皇に軍隊の差別直訴

 12.30 日本発の地下鉄開通(浅草~上野 約2.2キロ)

1928(S3)
 
 <流行語> マネキンガール 人民の名において

 3.15 共産党 大弾圧

 3.25 全日本無産者芸術連盟(ナップ)結成

1929(S4)

 <流行語>大学は出たけれど=就職難

 全国の大学、専門学校の就職率 50.2%
 1923(T12) 関東大震災のあった年は79.8%
 1927(S2)  金融恐慌の年は64.7%
 1931(S6)  30%台になる 不況が数年間続く

 初任給

・三菱、住友の財閥系ではあまり大きな差別がなかった
 (役人と違い人間の能力の開発を考えたと思われる)


1930(S5)

<流行語>ルンペン、銀ブラ、エログロ、ナンセンス、OK

 傾向映画-1930年代に左翼思想、時代批判の映画

 浅草で5週間連続映の新記録。「何が彼女をそうさせたか」
 孤児院で育った少女が世間の荒波にもまれながら
 虐げられ最後には放火犯になってゆく物語。
何が彼女をそうさせたか クリティカル・エディション何が彼女をそうさせたか クリティカル・エディション
(2008/03/29)
高津慶子

商品詳細を見る


 映画「下郎」
 忠実にご主君に仕えていた者が最終的に主君によって
 死に追い込まれてゆく。
 人間として生きる権利を奪われた最下級の人間の物語。

 4月 初の紙芝居始まる(浅草、水松武雄)

 11月24日 警視庁、エロ演芸取締り規則を各署に通牒

★今に通じる生活の様相

 刹那的に享楽主義に走る人たち

 大宅壮一『モダン層とモダン相』1930年刊

 「今日のサラリーマンの前には100%まで
  自我を提供して忠実なる機会となるほか無いのだ。
  サラリーマンが自由となりうるのは、
  その消費生活においてのみである。
  彼らは毎月末に会計から受け取る一定のサラリー以外に
  なんら収入の道を持たない。
  しかもサラリーの額は彼自身の意思から独立した
  他の人の意思によって決定される。
  彼に許されているのはその限定された額をいかに配分し
  その部分部分をもっとも効果的に消費することだけである。
  消費生活の振幅の広い点にかけてはあらゆる社会層のなかで
  サラリーマンが第一である。」

 青野季吉『サラリーマンの恐怖時代』1930年刊

 「サラリーマンの恐怖時代であり…誰一人として明るい光明的な気持ちで
  生きてゐるものはなく…
  その物質生活の窘窮(きんきゅう・苦しみ行き詰まること)
  その精神生活の萎縮、そしてただあるものは不安であり恐怖である」



★抵抗する知識人たち

 モダン相の上に位置する、日本の明日を考える人たち

 大宅壮一『中央公論』1930年12月

 某大印刷会社では「女」と「階」という字の二つの活字が
 需要が急激に拡大して1万個のストックが出払っている。


 ※「女」…モダニズム エログロナンセンス
       伝統的な社会的、文化的構造や規制の道徳、権威に
       反抗し、そこからの脱却をはかる精神的傾向。
       自由や平等、現代的な市民生活、機械文明などを尊重する。

 ※「階」…マルキシズムの隆盛と関係
       28(S3)改造社「マルクスエンゲルス全集」
       白揚社「レーニンの主要著作集」刊行
       三木清、羽仁五郎ら雑誌「新興科学の旗の下に」刊行

       歴史学では史的唯物論の立場から日本資本主義研究に
       新生面を切り開いた
       野呂宋太郎、服部之総、平野義太郎、山田盛太郎ら

       「日本資本主義発達史講座」の講座派
               ↑
               ↓   (この論争は強烈な知的刺激与えた)
       雑誌「労農」による労農派

プロレタリア芸術運動

・文学  徳永直 「太陽のない街」
     小林多喜二 「蟹工船」
     窪川(佐多)稲子 「キャラメル工場から」

・演劇  新劇界がプロレタリア演劇の上演開始
     劇団築地小劇場と新築地劇場が
     「生きる人形」「何が彼女をそうさせたか」
     「磔茂佐衛門」「西部戦線異状なし」上演

     ※大衆との結びつき欠き31年ごろから衰退

農村青年たちの読書
 
・大正教養主義からマルクス主義へ

 長野県清里村1922(S11)清里村報 愛読書「出家とその弟子」など

 1927(S2)清里村図書館便りでは前年末三ヶ月の読者数438人
 貸し出し図書数788冊
 「読み物として文芸物が依然多く、春季に比べて社会問題及び
  思想的なものが多く、次に位せるは一般青年諸君がいよいよ
  社会の問題に対して心を向けてきたといふことを物語るもので
  あると思われます。」
  28.2.1「資本主義に於ける農業」
  29.5.20「資本主義社会と農民の覚悟」
  30.3.10「未来は青年のものだ」
  32.10.25「昭和農業青年の理想」

・25歳の伊沢さんが別所温泉の高倉輝に教えを請うたりして
 図書館便りを書いた

図書館便りにのった「未来は青年のものだ」

 略…不合理な地主うあ資本の搾取の下に耐え忍んで居た時代は
 永久に過ぎ去ってしまった。惨虐な搾取機構の下に半奴隷的生活を
 続け行く農村青年男女をしてついに年労働階級と違わず
 遅ればせながら、次第々々んい或いは急速に
 プロレタリア意識を呼び起こし、忍び得ない生活条件に対する闘争に
 彼等を結合せずにはいかなかった。…略


※1928(S3)以降、浦里青年会の幹部も上田自由大学(講師高倉輝)
  の聴講生として参加し、上田小県地区の青年たちとともに
  社会主義思想に急速に接近していたのである。

 ※欧米の30年代の知識人も世界恐慌とナチズムの台頭の時代に
  急速に社会主義に接近していった。
  日本だけでなく世界的広がりの中での抵抗だった。

★都市化の進展

・1930(S5)国勢調査 東京市の人口 495万9300人
                   (1920 335万8000人)
 10年間に旧市内人口減、郊外の人口急増
 ~中野、杉並、世田谷、三河島、王子、等(省線JR)~

 ※市電、乗り合い自動車など交通機関の発達によって通勤圏拡大
 ※関東大震災による被害者による大量移住が重要な要因

鉄道図


・1932(S7)10 旧中野町と旧野方町が合併して中野区として誕生
          東京15区が35区に増加した。
         
 ※中野区は農民の町からサラリーマンと労働者の町へ変貌

服装の変化

・恐慌が収まりやがて満州事変にむかう昭和の始めに
 和服から洋装化していった。男性が先。
・木綿のものから絹織物の外出着。

新しい盛り場・新宿

買い物と娯楽の民衆センターとして四谷・神楽坂にから
繁華を奪い銀座につく盛り場としての地位を確定した。

・4分ごとに発着する中央線、6分ごとの山手線
 小田原急行電車、信州・甲府からの列車で
 乗降客18万4700人

・三越、パンとライスカレーの中村屋、海と山の幸の二幸
 映画館の武蔵館、新宿松竹、新宿歌舞伎座

ビル建設ラッシュ

・帝都復興事業(当時の金額で7億の予算)

・総理大臣官邸、明治座、三井本館、丸ビル、日比谷公会堂
 東京中央郵便局、松坂屋上野店、三越新宿店、白木屋
 上野停車場、新宿武蔵館、警視庁、新聞社本社
 資生堂本社、など156のビル建設
 昭和通、隅田川にかかる橋が全て鉄橋に変わった。
 

昭和 | 00:22:01 | Comments(2)
コメント
いつもありがとうございます
ひさごんさんが、講義をこちらにまとめて下さるおかげで、
毎回、私も講義を受けたような気持ちになります。
共に学ぶ仲間は、本当に大切です。
一人でやることには、限界があります。
仲間の大切さをつくづく感じています。
2008-07-28 月 19:55:07 | URL | くまのピース [編集]
どういたしまして
こんなブログなのに、そんなに喜んでもらって感激です。
こちらこそありがとうございます。
2008-07-28 月 21:23:21 | URL | ひさごん [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。