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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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冬の時代
 ◆先生の口癖 その2

 大切なことはみんな生徒に教えてもらいました。


  大切なことはみんな生徒に教えてもらいました

 <助け合うことの大切さ>
 17歳で小学校の代用教員になった時、
 出来ない子に出来る子が自然に教えてあげるのです。
 出来ない子がわかると嬉しそうで
 教えた子もそれを見て嬉しそうでした。
 みんなとても仲良しでした。

 <何故だろうと考えることの大切さ>
 小学校でakikoという利発な女の子が
 「先生、4の次は5と誰が決めたのですか?」
 そう質問されてハッとしました。
 大学に行くきっかけになりました。

 <きちんと向き合うことの大切さ>
 高校の教師をしていた時先生たちからも
 怖がられている子がいました。
 その子は授業が始まる前にわざと教室の前で
 邪魔をするような場所にいたりしました。
 卒業式の日その子がつかつかと歩み寄り
 すっと手を出して握手を求めてきました。
 「入り口で目を合わせないのは先公
  『授業だよ』と声をかけて行くのは先生」なのだと。
 子どもはよく見ています。

 本当に大切なことは、みんな生徒に教えてもらいました。 
                              
 

冬の時代 ~多喜二虐殺(1933)の時代背景~

★大逆事件から始まった冬の時代

 1910(M43)5.25~6.1 冤罪の大逆事件の容疑者が次々逮捕される

 1911.1.18 判決で2名に無期
        22名に死刑(翌日明治天皇の御仁滋で10名無期に減刑)

★石川啄木の時代を見るまなざし

 1911.1.18 判決の日の興奮を日記に書き記す「日本はもうダメだ」

 1911.6.15 遺稿「時代閉塞の現状」 青空文庫より

 我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。
 強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。
 現代社会組織はその隅々(すみずみ)まで発達している。
 ――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、
 その制度の有する欠陥(けっかん)の日一日
 明白になっていることによって知ることができる。
 戦争とか豊作とか饑饉(ききん)とか、すべてある偶然の出来事の
 発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は
 何を語るか。
 財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦(ばいいんふ)との
 急激なる増加は何を語るか。
 (略)
 かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、
 ついにその「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に
 到達しているのである。
 それは我々の希望やないしその他の理由によるのではない、
 じつに必至である。
 我々はいっせいに起ってまずこの時代閉塞(へいそく)の現状に
 宣戦しなければならぬ。
 自然主義を捨て、盲目的反抗と元禄の回顧とを罷(や)めて
 全精神を明日の考察 ――我々自身の時代に対する組織的考察に
 傾注(けいちゅう)しなければならぬのである。


 時代の先を見ながら自分たち自身が今置かれている現状をどう捉えて
 それをどういう風に切り拓いてゆくか、
 そのために自らに問いかけていく必要があるということが出ています。
 
  詩「ココアのひと匙(さじ)」 せせらぎ文庫より

 われは知る、テロリストの
 かなしき心を――
 言葉とおこなひとを分ちがたき
 ただひとつの心を、
 奪(うば)はれたる言葉のかはりに
 おこなひをもて語らんとする心を、
 われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――
 しかして、そは真面目にして熱心なる人の
 常に有(も)つかなしみなり。

 はてしなき議論の後の
 冷(さ)めたるココアのひと匙(さじ)を啜(すす)りて、
 そのうすにがき舌触(したざは)りに
 われは知る、テロリストの
 かなしき、かなしき心を。


 判決があって、幸徳たちがこの世を去った5ヵ月後に出された詩。

★徳富蘆花の演説

 徳富蘆花 wikipedia
秋水の死刑ののち、二人の一高生に頼まれ大逆事件についての演説を頼まれた。

 「 謀叛論」草稿

 舌は縛られる、筆は折られる、手も足も出ぬ
 苦しまぎれに死物狂(しにものぐるい)になって、
 天皇陛下と無理心中を企(くわだ)てたのか、否か。僕は知らぬ。
 (略)
 大逆罪の企に万不同意であると同時に、その企の失敗を喜ぶと同時に、
 彼ら十二名も殺したくはなかった。生かしておきたかった。
 彼らは乱臣賊子の名をうけても、ただの賊ではない、志士である。
 ただの賊でも死刑はいけぬ。まして彼らは有為(ゆうい)の志士である。
 自由平等の新天新地を夢み、身を献(ささ)げて
 人類のために尽さんとする志士である。
 その行為はたとえ狂(きょう)に近いとも、
 その志は憐(あわれ)むべきではないか。
 (略)
 国家百年の大計からいえば眼前十二名の無政府主義者を殺して
 将来永く無数の無政府主義者を生むべき種を播いてしもうた。
 忠義立(ちゅうぎだて)として謀叛人十二名を殺した閣臣こそ
 真に不忠不義の臣で、不臣の罪で殺された十二名は
 かえって死を以て我皇室に前途を警告し奉った真忠臣となってしもうた。
 (略)
 諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見做されて殺された。
 諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。
 自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。
 新しいものは常に謀叛である


 国家犯罪者を志士扱いした演説について文部省が責任を問い
 当時の一高の校長新渡戸稲造が
 「一切の責任は私にある」と毅然として答えた。
 
 明治末、日露戦争の終わったあとから大正デモクラシーが始まった。
 その最中の知識人のきちんとした抵抗であった。

 そんな時代に詠まれた歌『昭和万葉集巻2』1930(S5)~1933(M8)
☆冬の時代~小林多喜二に関する歌~
冬の時代
・格闘したから道へ倒れたから捕縄をかけたから
 それで四時間の「心臓麻痺」がおどうして起こった。
 死体の解剖まで拒絶され、病院という病院からみな拒絶され。
 告別式の参列者まで総検束 その中にはほんの一読者だった
 花束を持ってきた女性さへ     (S8.5矢代東村)

・汝(なれ)の為こころばかりの歌をよみ眼がしらあつく一日ををり
 骨となりひとりの母に抱かれ帰り港の小樽は汝に寂しき
                       (S8.5 本間源治)

・階級の敵も味方もたたへたる君が誠実は昔より然りき
                       (山下秀之助)

・小林多喜二を悼む文よめば削除されてきれきれなるが
 腹だたしかり              (安倍俊子)

・たゆみなき時世のなやみ遂にして若き人らは捕はれ行けり
                       (松村英一)

・思想犯くみするゆゑに栄職を罷めゆくひとをまのあたり見つ
                       (S8.6 竹尾和一)

・時潮に投ぜんとするにあらねども をりをり思ふ社会機構のことを
                       (田中義美)

・その父母の嘆ふかからむ才豊かに心あたたかき友がゆく道
                       (S7.6 関みさと)

・改造を読みをる姉に老父はマルクス主義を恐れてをりぬ
                       (S8.2 鈴木正義)

・わが思想説くすべもなし父も母も悪魔の業と我に嘆かふ
                       (S7.4 内田穣吉)

・真実に飢えた心をもてあまし動物園に来てけだものを見る
                       (内海繁)

☆きびしい生活

・給料(かね)袋を投げいだしつつ給料の値下されしを母に告げたり
                       (S6.4 志田仁太郎)

・五年間に二度の減給二度の昇給ありたれどつひに初任給に及ばず
                       (S8.9 金剛地徳次郎)

・村税が集らぬと先月の俸給は未だ我らに渡らず
                       (S6.5 両角七美雄)

・出納簿開きてみつつ憤ろし収入欄に記するものなき
                       (S8.6 時松好昌)

・窓口に保険解約日々多し険しき世相おもひやらるる
                       (S7.6 小谷種一)

・職工等未払い賃金取る来ぬ 家内(やぬち)にひびくその荒きこゑ
・職工等いひつのれども腹立てず言葉尽くせる夫は忍べり
                       (清水千代)

・失業してよるべなかりし我友の犯せし罪は憎めざりけり
                       (S6.2 檜田陽七)

・失職して妻をカフェーに働かせるありふれたるしくみが
 友を死なせり              (S8.1 滝沢八郎)

・この紹介状ひとつひとつ持ちて東京中巡らば我に職ありといふか
                       (S6.12 真島武)

・求職の看板かざし自ら該当に立つをとこありけり
                       (S6.1 三枝凡平)

・とぼしき財布をおもひ就職の依頼のかへり電車にのらず
                       (S8.6 秋田富士彦)

・貧しき子は押さなくて知りをれり 丁稚(でっち)に行けと云ふをうなづく
                       (桐田蕗村)

・髪売りて米を買ふとふあはれさの今の世にありと新聞は報ず
                       (S6.3 大友虹路)

・病父(やむちち)の蒲団さえ差し押さえられし今日のけはしさや
 来るところまできぬ          (S8.4 柴谷武之佑)

・職のなきルンペンの群れたちゐたり雪もよひせる日のガードの下に
                      (S7.1 桑本ちゑ子)

・求人放送にのぞみをつなぐ人ならむ つぎつぎにラヂオの前に足を止むる
                      (S7.8 小島清)

・夜更けしラヂオの前にいくたりか職業紹介を聞きつつ去らず
                      (武田尊市)

☆労働争議

・工場の堀に貼りたる争議団のびらは夜明けぬうちに剥がされぬ
                      (S6.2 岩沙政一)

・朝霧をともしみ来れば貼られたる檄文はがす巡査おりけり
                      (S6.1 工藤頼彦)

・薬缶提げ帰るわれに女工たらはせはしく罷業のビラ握らす
                      (S8.5 香川頼彦)

 
こういう厳しい生活を詠った歌の時代に
小林多喜二は「蟹工船」などの筆をすすめていった。


昭和 | 10:47:12 | Comments(0)
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