■講座内容と日程
■プロフィール

ひさごん

ひさごん

生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

■リンク
■最近の記事
■最近のコメント
■過去ログ
■カウンター
■戦争の作り方

戦争の作り方

■Keep9

banner

■メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

■検索フォーム

■カテゴリ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
満州事変の前の状況 その2
3/8の続き 
 質問* 対華21カ条で日本は大変な利権を得るが
       それまでは中国の利権の一番手はロシアでしたか?

 答*  東北三省についてはロシア。中国の海岸線に租界を持ったり
      貿易港を持っていたので西欧諸国にとって危険な存在。
      第一次世界大戦後、今まで利権を持ってなかったアメリカが
      ワシントン会議で「中国の主権と領土を尊重する」として
      機会均等説を唱えたのは、日本がドイツに代わって
      山東半島の利権を手に入れようとした時アメリカも
      対中国の貿易で利益を得ようとしたもの
      アメリカはドイツと戦った列国に武器援助をしていたので
      列国はアメリカの中国利権参入を阻害できなかった。
      アメリカが恐れたのはソ連と一緒に日本が中国の利権を
      独占することでワシントン条約で山東半島の権益を奪い
      代わりに南洋を与えた。
      ソ連南下政策を阻止させるために満蒙の権益は認めた。
 中国の地図

      国際的な正義があったかどうかということは疑問です。
      結局帝国主義の段階になると、全ての帝国主義国家は
      利益を拡大するには弱小民族の領土やを奪うか
      あるいは資源を奪うかでした。

      満州事変の起こる前あたりから昭和10年位までの歴史を
      克明に読んでいきますと、今の時代と重なってゆきます。
      人間と言うのはどこまで進歩しているのかと…
      僕たちの中にある経済的な利益を第一に考えてゆくのが
      昭和10年代も今も変わってないのだと。
      経済が最優先とされる価値観が改まってゆかないと
      過ちを繰り返すのではないかと怖れます。
      資源が偏っていますが力に依って押さえ込むのでなく
      共存共栄出来るように努力しなければ本当の平和は
      来ないのではないでしょうか。


満州事変のおこる直前

◆欧米諸国は日本の満州支配をどう見たか
 

 必ずしも快く思わなかったが
 ソ連の勢力を日本の軍事力が抑えてくれることにより
 欧米の利権が守られるという利点を歓迎し日本の侵略活動を黙認
 
          ↓

 そんな国際的な背景により日本の勢力拡大

 ※欧米の植民地支配からアジアを開放してやったのだ
   という主張で日本のアジア侵略を正当化する人たちもいる


◆義和団事件

 義和団の乱 :1901年(M34)

 義和団(白蓮教系の弥勒仏信仰の集団)が列強の中国進出に反対して
 「扶清滅洋」を叫んで山東半島で外国人排斥運動を展開。
 北京の各国公使館が包囲され、清朝政府も各国に宣戦布告(北清事変)

 列強は連合軍を送って鎮圧。
 清国は北京議定書で贖罪。
 日本軍の軍事力の有用性が列強に評価された(極北の憲兵)

 この時ロシアが鎮圧目的で中国東北部を占領。
 鉄道の経営権、旅順港の利用などの権益を獲得した。
 これが日露戦争の原因となる。
 

◆満州事変前の中国東北部


 ①満鉄と並行する中国の二つの鉄道完成

  27.12 打通線だつうせん(打虎山だこざん-通遼)
  29. 7  吉海線(吉林-海竜)

 鉄道地図

  「満鉄」は北満の大豆輸送からはずされ収益激減し
  中国の鉄道値下げし更に打撃を受ける
  『満蒙権益』侵害と受け止めた

  日本側の抗議に対して排日運動激化
          ↓
  31.3  奉天で国民党本部成立

◆当時の新聞の記事

・10万人の生霊(兵士)と20億円の国費を投じて満州経営をしている
 聖地を守るためには国益を損なうことは許せないことだ

・明治大帝の遺された仕事を引き継ぐことは臣民の役目

◆陸軍の主張

 1928(S3)10月 石原莞爾 関東軍参謀として現地に赴任
石原莞爾 Wikipediaより

 6月に張作霖が爆殺されて2ヵ月後に赴任
 国運は満蒙問題を解決することにより良くなると考えていた

 1931(S5)「満蒙問題私見」要旨 

 ・満蒙の価値
  政治的・国防上の拠点
  朝鮮統治・支那指導の根拠
  経済的刻下の急を救うにたる

 ・満蒙問題の解決
  解決の唯一の方法は之を我が国の領土となすにあり
 
 ・解決の時期
  国内の改造を先とするよりも満蒙問題を先とすると有利とす
  (政党内閣の腐敗を軍部《革新》が改革しようとしていた)

 ・解決の動機
  国家的正々堂々、軍部主導 謀略により機会の作成

  「太平洋戦争への道」別巻資料編~朝日新聞社~ より

   国家ガ満蒙問題ノ真価ヲ正当ニ判断シ其解決カ正義ニシテ
   我国ノ業務カレコトヲ信シ且戦争計画確定スルヲ以テ足レリトス
   (中略)
   軍部ニシテ団結シ戦争計画ノ大綱ヲ樹テ得ルニ於テハ謀略ニヨリ
   機会ヲ作製シ軍部主導トナリ国家ヲ強引スルコト必ズシモ
   困難ニアラス

   満蒙問題ノ解決トハ之ヲ我領土トナスコトナリトノ確信ヲ徹底スルコト

 ※戦後右腕であった板垣征四郎は死刑になったが何故か石原は無罪に
  
◆万宝山まんぽうざん事件

 この事件を契機に朝鮮半島で中国人排斥運動が起こる

 ①万宝山(長春の西 約30km)付近の荒地には
  1930(S5)の※間島事件以来、各地から追われた朝鮮人200人が
  土地を借りて入植しつつあった

  ※間島事件=青山里戦闘
  日本軍による間島出兵中の1920年10月、
  青山里と呼ばれる東満洲の長白山東北麓の密林地帯で
  独立軍と総称される朝鮮人武装集団と交えた戦闘
 
 1931.5頃、水田耕作のため用水路作りを始めたことで
 地元中国人との間に騒動がおこる

 7.2 地元農民数百人、工事阻止のため実力行動に
    日本側も武装警察官50名ほど機関銃3挺を派遣
    両者の発砲さわぎ後、朝鮮人は武装警官保護の下
    工事を強行、11日に通水に成功
 7.3 仁川から5日平壌にかけて朝鮮各地で在鮮華僑家が襲われ
    中国人109人が殺害され160人余の負傷者が出た
    (朝鮮日報の報道による)
 7.14 この取材は「日本側の機関からおこなったものだがデマだった」
    と長春に派遣されていた「朝鮮日報」の特派員金利三が
    謝罪文を同紙上に発表(翌日金記者は朝鮮人に殺害される)

  この事件は関東軍が朝鮮の世論操作を図ったもの
  中国で朝鮮人が酷い目にあっているのだから
  朝鮮の中国人排斥は正当であるという世論をおこして
  日本の朝鮮半島支配をよりスムーズにしようとした作り話


 事件解決のための外交交渉は難航
 日本では万宝山事件は排日に対する正当な「義憤」の現れだとして
 幣原「軟弱」外交を攻撃(関東軍にとってベストな状況到来)

            …続く…









昭和 | 20:18:41 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。