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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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官僚主導による明治の税制改革
9/27  

 ヨーロッパの先進国では
 絶対主義の否定の上に資本主義が生まれたのに
 日本は絶対主義によって資本主義が構築されていった。
 それは天皇制という組織が前提にあったということです。

  9月27日

 明治になって間もなく地租改正が行われました。
 その特徴は二つあり
 米の年貢が金納になり財政的な基盤が確立したこと。
 そして、教科書ではあまり触れていませんが
 地主制を国が法律によって認めたということです。

 寄生地主制で農業に関係ないものが土地を持って
 そこからの収益を更に別な産業資本に投資してゆく
 これが資本主義が発展するために重要なことです。
 明治政府は地主たちが工業に投資するような
 税制システムを作りました。



明治時代の資本主義の発達と天皇制の資金強化2

★ビデオ学習NHKスペシャル「明治・第三週」を見る

NHKスペシャル「明治・第三週『税制改革、官と民の攻防』」

(ホームページの紹介文より)
明治のはじめ、新政府は、深刻な財政破綻に瀕していた。不便で不公平な年貢制度から得られる通常歳入は歳出の十分の一ほどにすぎず、不足分は借金と臨時紙幣発行によって賄っていた。財政の建て直しを図るため、政府は抜本的な税制の見直しに着手する。
 西洋諸国の税制の研究と日本の事情を考え合わせて導入されたのが、地券のシステムだった。民衆の不満と抵抗を和らげるため、農民に対しては、差し当たっては税額を明かさぬまま土地の所有権を認め、税額算出の基礎となる収穫量は自己申告という建前で、全国的な測量と土地所有者=納税者の確定がおこなわれていく。
 いよいよ税額を決定する作業がおこなわれる段になって、税収の確保と民衆の反発のはざまに立たされることになったのが、松方正義を中心とする実務派の官僚たちだった。
 もともとは民を慈しむことを信条としていた松方だが、「維新は非常の時」という覚悟にたって、改革を断行する。
 官と民のせめぎ合いのなかで、虚々実々のかけひきがおこなわれ、地租(土地税)や所得税などの新しい税制が導入されていった明治時代──。
 日本の近代化をなしとげるための財源は、いかにして確保されたのか。その過程で積み残された、民主的な税の理念とはどのようなものか。そして、これから後の改革の糧として汲み取らなければならない教訓とは何か。
 松方正義をはじめとする官僚たちと民衆との税をめぐる攻防を追い、制度の改革はどう行われるべきかを問い直す。


 ・明治になっても年貢制度のままで、税収は必要な1/10しかない
 ・不足分は借金と太政鑑札という臨時紙幣の発行でまかなう
 ・米で収める年貢は運搬に不便で明確な決まりがなく不公平だった
 ・明治政府の厳しい年貢の取立てで一揆が頻発

 ・民衆の支持を得て改革せねばと大分の知事になった松方正義
 ・廃藩置県により大蔵省に税が一元化、松方大蔵省に
 ・井上馨と陸奥宗光と松方正義で税制の大改革が検討された
 ・土地を地券(土地の権利証)で個人の財産と認める
 ・収穫量に税率をかけ、お金で納めさせる
 ・改革の為に土地の所有権を優先させて持ち主確定、図面作る
 ・測量を農民自身に任せたことにより、政府は地検しないですむ
 ・所有権を認めてもらえるため農民自身が申告し50%増
 ・土地の評価額×3%=税金
 ・大蔵官僚 租税の守→陸奥宗光 補佐役→松方正義
 ・明治5年7月 地検を元にした新しい税制を各地に知らせる
 ・「人民告諭書」起草…西洋諸国の理想が反映されている
  政府は国民のための役所
  税金は国民が安穏に暮らせるためのもので、公平であるべき

 ・理想に燃えた税制改革であったが大久保利通らの外遊中に
  税金の配分を巡って予算の取り合いが始まり各省庁もめる
 ・大蔵省は各省と対立、勢力争いに破れ権限を大幅削減され
  中心だった井上馨は辞任

 ・政府上層部(太政官)から問題視された「人民告諭書」
   国民に対して役所は騙されることがないと教えよ
   もし騙しても発覚すれば重い処罰を受けることを知らせよ
   政府は国民のための役所などと言うと却って一揆を呼ぶ
   政府は国民より優位に立つもの
   愚民に告諭書を示してはならない
 ・官僚による自主規制によって「人民告諭書」は公表されず
  封印され税制改革の理想が変質していった

    「国民本位」 → 「官僚本位」 に変わった原点

 ・近代的な国家を目指していたが、官僚主導の国家へ
  やがて税収の確保だけが目的となっていった

 ・明治7年1月地租改正の中心だった陸奥宗光が
  政府中枢部と対立して辞任、松方が責任者に
 ・改正事業の大問題・16%の税額の不足
  歳入が減ることは近代化の遅れと政治の不安定化を招く
 ・税収確保の為に収穫量割り当て「押し付け反米(たんまい)
 ・農民の負担は実際より多くて払いきれず嘆願相次ぐ
  税制改革の理念であった自己申告を大事にして欲しい
 ・政府は高圧的、「政府の決定は絶対に変えられない」
 ・農民の大暴動が起きる
 ・政府は折から発生していた士族の反乱と合流することを恐れ
  税率の引き下げを決定、大久保利通の決定で減租2.5%に
  農民受け入れ相次ぎ、ようやく地租改正が進展

 ・明治14年地租改正事業が終了したが、軍事費増大し税が不足
 ・松方は大蔵卿になる
 ・貿易に関税をかけるため不平等条約を変えなければならない
 ・不平等条約改正のために鹿鳴館を建てた
 ・関税改正交渉は失敗

 ・西洋諸国をモデルの新しい税制を研究し導入
 ・当時イギリスなど少数しか導入されていなかった所得税
 ・所得税なら経済の発展に伴って税収が増加する
 ・近代的な都市が生まれ、商工業が盛んになってゆく
 ・貧富の差も拡大していった
 ・抵抗を恐れ当面は0.36%の高額所得者のみ、税の1.6%
 ・松方はまずは導入することに意義があるとした

 ・明治22年大日本帝国憲法発布、翌年議会が開かれる
  鉄道が敷設され紡績業も発達し近代国家の形になってゆく
  明治の日本は近代化をわずか数十年で成し遂げた
 ・大正時代になると所得税が税収に一位になった

 ・近代的な税制の仕組みを作る過程で理念が抜け落ちた
 ・官僚主導で秘密主義というのが今も変わらない
 ・みんながコンセンサスを持てば税金を納得して出す

 ・松方正義の自戒の念をこめて語った言葉
   明治維新の時は非常事態だったので、改革を急いだが
   日本が近代国家となったあとは官は民から孤立せずに
   改革に取り組むべきだ
維新大変革のごときは、異常閣外(?)の場合にして、今日においてはむしろ堅固に確実なる進歩をなさんことに力を尽くすことにこそにおける。
かく言えばとて、もし大栄を欲するにあらず、秩序は必ず進歩を伴わざるべからず。
進歩なき秩序は久しからずして腐敗する。大切なのは官吏が人民味方とするの精神なり。もし官吏たるもの国民の他に蔑視の階級を作りねつよう(?)の転機をなすえいふう(?)あらば、また何を持って行政機関の健全を望むを得んや。


 ・明治の税制改革の残した教訓
 ◆改革を進めるに当たっては国民に対する説明と同意がかかせない
 ◆国民不在で改革を強行すれば当初の理想を失い
  当面の目的の達成からも遠ざかってしまうこと
 ◆改革を行うにはタイミングと手段が大切なこと

注:ビデオでは触れられてなかったが0.5%減税になっても
  山県有朋の時代には間接税が増額され
  タバコ、酒が増税され、お菓子にまで税金がかけられた
 
★天皇制国家の経済的基盤
 ~1873年(M6)7月の地租改正でどう変わったのか~

 ・金納地租による財政的基礎の確立
 ・地主制の法認

①地租収入

     1872年        1873年(押し付け反米実施)
     2005万円     6060万円(3.02倍)

     ※金納により安定的な財政的基礎の確立で
       天皇家の安定収入に繋がった

     ※分配率を見ると地主が一番利益率が上がった

 ◆幕末期における分配率

    領主     37%
    地主     24%
    小作人    39%
   
           
 ◆収穫の配分比@田一反

    国家(税)    34%
    地主(小作料) 34%
    小作人      32%


・松方財政(1880年代)の不況下、土地集積が進み、
 多額な『現米小作料』を資本とし銀行・工業に投資する
 大地主が出現
・1900年前後に地主制と資本制が結びついた『寄生地主制』が確立
 (資源の本源的蓄積の基礎・低賃金労働を確保)
・地方議会・帝国議会の選挙で社会的・政治的勢力を保持
・1876(M9)8 家禄(お殿様から)賞典禄(明治維新の特別手当)廃止 
         全禄公債下賜
            ↓
②かつての特権階級はどうなったか

 総額 1767万円(5年以上、14ヵ年相当の額)

・華族(大名・公家)476人 519万円 @10913余円
・士族        32万人 1278万円 @39余円

 ※華族は資本家、規制地主化 士族は無産化
 ※元金、利子ともに農民(人民)の負担


★1879年以降、『地租改正』と『公債政策』によって
 【国家権力】によって資本の本源的蓄積を進めた



★『御一新』から生じたこと


 ①農民一揆(江戸末期より多発)・士族の反乱
 ②自由民権運動
  西南戦争期(M10勃発時)不換紙幣の発行高1億600万円
       ※三菱汽船会社の純利益が140万円
  1881(M14)松方財政発足時 
       正貨準備高 700万円(0.05%)
       不換紙幣 1億5300万円


★農民から収奪、士族の無産化→国内市場の劣悪化
 →海外市場の獲得へ


 ①1890(M23)11.25 第一議会召集

  民党171名 吏党121名

  12.6山県有朋首相演説
「諸君、わが天皇陛下の至仁なる聖慮により、千歳不麿(憲法)の大典が定められ、今日諸君とともにここに相会することを得ましたのは、実に国家のために慶賀に耐えない次第でありませして、本官のの光栄と存ずるところであります。…
しかして歳出額の大部分を占むるものは陸海軍の経費であります。(中略)
思うに国家独立自営の道は、一に主権線を守ぎょし、二に利益戦を防護するにあります。
何をか主権線という、国境これです。何をか利益線と言う、わが主権線の安全と固く関連しあう区域これであります。
今日列国の間に立って国家の独立を維持しようと欲するなら、ただ主権線を守るをもって足れりとせず、必ずや利益戦を防護しなくてはんまりません。
それゆえに陸海軍に巨大の金額を割かなくてはなりません。
以上申し上げてきた要点は大体において諸君の協同一致するものであることを、本官は信じて疑わないところであります。

 ※山県は利益線(朝鮮) 松岡は生命線(満州)

②天孫降臨によって創始された「神ながらの国」

  『神聖な皇国』『神聖な日本帝国』は全ての日本人の
  全ての思考の基礎にあった
         ↓
     『八紘一宇』

※参照、引用、文献
 ・守屋典郎「天皇制研究」青木書店
 ・後藤靖 編「天皇制と民衆」東大出版会
 ・鈴木静夫・横山夏生 編「神聖国家日本とアジア」岩波書店
 ・「近代日本総合年表第二版」勁草書房


昭和 | 02:13:42 | Comments(0)
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