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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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日本人のおかしな国家観
12/20 

 12月13日横浜の青少年センターで第10回手づくり紙芝居コンクールがあり、186の作品が全部発表されまして、紙芝居の「さくら」が特別賞を受賞いたしました。
 紙芝居も冊子の「さくら」も、皆さんが戦争を知らない世代の人達に、亡くなっていった人達の想いを残さなければいけないと言って、その手立てとしてあのような物が出来たのですが、現地でも上演されて皆さんから大変よいお言葉を頂きまして、感謝して帰ってきました。
 ありがとうございました。

     2009年12月20日

※「さくら」は先生が経験した戦争の出来事と、伝えなければならない想いを
  有志の方々が自主制作した紙芝居と冊子です。 以前の記事



日本人と欧米人は“国家”をどう捉えているのか

★欧米諸国民の国家イメージ

時間的経過により「陸地」→「郷土」→「国家」へ
四つは相互に密接に関連しながらも独自のイメージ
欧米の国家観

land(陸地)の上にcountry(生活共同体としての郷土)
ついでnation(政治的統一体としての国家)
そしてstate(国家権力機構)が出現する
※stateには交替・革命がある

★日本の国家観

日本人にとっての国のイメージは四つの異質のもの多義的でありながら
それらが識別されずに同質化されている
日本の国家観

☆同質的国家意識は二つの重要な作用を持つ

①国民の国家への帰属感を強める
 生活の話に愛着が生まれ、それが本来の郷土愛や愛国感情となるが
 日本人の場合、stateへの中世に転化・誘導されやすく
 stateを批判するものは国に背く者=非国民として排斥されやすい

②同質的国家意識のもとではnationもstateも識別できず
 日本では原始時代から日本という一つの“国”が変わること無く続き
 今日に至り、“日本という国”と日本人は古来一体であるという
 歴史認識を生み出し日本国家への帰属感を助長する。

☆天皇・皇室の果たす役割

 天皇・皇室を柱として設定することによって統治する側も
 される側も国というあいまいなイメージから得られない
 日本国と日本人の一体性の寄り処を得る
        ↓
 国民の“日本国家”への帰属感は安定助長されてゆく

 何故こんな意識が生まれるのか?           
 生まれた時からnationの中で主権者として生きてないから


<参照・引用文献>
 京都民科歴史部会・日本史研究会編“天皇制を問う”
 江口圭一「国民の天皇観と国家意識」(人文書院)他

★欧米諸国民にとって最高、最大の祝日『独立記念日』

独立記念日
・オランダ1581年 アメリカ1776年 フランス(革命記念日)1789年
 他84カ国の独立記念日は19c~20c


           -イギリスの場合-

「権利の章典」1689年議会が可決した権利の宣言を法文化

・王は立法・行政・司法・課税の全てについて議会の承認必要

・王権に対する議会の優位

・ウィリアム三世・メアリ二世夫妻は「権利の宣言」承認し即位

・「権利の章典」は立憲政治の原点「君臨すれど統治せず」

A・A諸国民にとっての独立は帝国主義からの独立 19c~20c

欧米諸国民にとっての“国家”は「市民国家」

★日本には『建国記念の日』

・1966年(S41)6.25国民祝日法改正を公布

 9.15敬老の日 10.10体育の日
 (敬老の日は光明皇后に因む 休日は皇室関連多い)

 建国記念の日は反対があり決められず6ヶ月内に政令で定められた
 12.8建国記念日審議会、建国記念の日を旧紀元節の2.11と答申
 12.9政令公布 
 国民文化会議・紀元節問題懇談会など抗議
 「建国記念日」というのはおかしいと三笠宮が指摘する
 「建国記念の日」となる


      -日本・教育の場で神の国と教える-

 初等科国史上(文部省刊43.3)
初等科国史上 第一 神国
  ① 高千穂の峰
  ② 橿原の宮居
  ③ 五十鈴川
 第二 大和の国原
  ① かまどの煙
  ② 法隆寺
  ③ 大化のまつりごと
 第三 奈良の都
 第四 京都と地方
 第五 鎌倉武士
 第六 吉野山
 第八 八重の潮路


神勅(しんちょく) =神の与えた命令、またその文書
 「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」。



教科書から消えた国歌の謎

★「君が代」に国歌と付けられた教科書、一年で消えた

1937年(S12)尋常小学校修身書 巻四

 君が代1
                      ※いわほとなりて=岩音と鳴りて

君が代2

Wikipedia 君が代
一年で消えたのは他国の国歌と同列であってはならないという理由

天照大御神の御教え(道徳)は国家神道=日本は道徳の国
他の国は道徳の外の国
日本によって世界が一つになった時、世界は道徳の国になる
     ↓
  教科書の大きな狙い

        
1869(M2) 
鹿児島藩の委嘱によりフェントン軍楽隊の天皇礼式曲として「君が代」作曲

1876(M9) 
海軍軍楽隊長 中村祐庸フェトン作曲の天皇礼式曲に意見具申

1991(M4)7.11 
東京音楽学校の卒業式で二回歌われ学校で歌われる先例に

1993(26)8.12 
文部省、学校の祝日・大祭日儀式に用いる歌詞・楽譜を選定して公示(君が代など八篇)

1904(M37)9.3
大阪朝日新聞「君が代」につき<天声人語の欄>で「皇室の歌あり、国民の歌なき。国民もまた不自由なる哉」と記す。

1904 9月
与謝野晶子の『気に死に給ふことなかれ。(明星) 大町桂月らとの間に論議がおこる。

1950(S25)敗戦後
文部省、学校の祝日行事に国旗掲揚・君が代斉唱を勧める天野談話を通達
(第三次吉田茂内閣 文部大臣・天野貞祐)





昭和 | 19:51:29 | Comments(0)
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