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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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満州事変以後の昭和天皇の言動
3/14-2

先生の現役の時の採点した答案用紙のコピーです
31点ですが、自由記述した分で加点して75点になっています
記号問題はありません
100点越した場合は無利子で預けるのですが
そういう子は次、さぼらなかったそうです

答案用紙

先生ご自身が中学時代に物理の先生に評価してもらって嬉しくて
採点に時間がかかるけれどこういう試験をしていたそうです



いろんな説があり昭和天皇は輔弼責任者がいたので、天皇に関することについては輔弼責任者である閣僚が全責任を負うべきで、天皇には戦争責任がないということも今も一般的に言われています。
私は敢えてその説が是とするなら、天皇制に責任があったと言いたいです。
しかし昭和天皇自身に当然負うべき責任があったと思います。

1.天皇の統帥権の行使

①奉勅命令の発令(大本営意命令の発令)
②下問などを通しての作戦指導
③将兵の士気の鼓舞

2.大元帥・天皇の軍事顧問

※侍従長は文官

侍従武官長(慣例として陸軍の中将以上の将官)
侍従武官(少佐から少将クラス 陸軍4人、海軍3人)

昭和天皇の侍従武官長
 ・皇太子時代(11~19歳)・・・・・奈良武次陸軍大将
 ・1933(S8)~1936(s11)3 ・・・本庄繁陸軍大将
    ※本庄=熱河作戦開始の関東軍司令官

3.満州事変と天皇

☆1931(S6)9.18満州事変勃発
板垣征四郎、石原莞爾ら満州の武力占領を実行するため
奉天郊外、柳条湖の満鉄線路を爆破
関東軍司令官、本庄繁これを中国側の行為とし総攻撃を命令

9.24 
政府(民政党・若槻礼次郎内閣)は満州事変に関し第一次不拡大方針を声明

10.8
石原莞爾ら独断で錦繍爆撃を強行
国際世論の激しい非難を浴び、日本は国際的に孤立

☆天皇の言動

①12.23
犬養毅首相兼外相(政友会)に「錦繍不攻撃の方針を下し」「国際間の審議を尊重すべきを諭」した
(侍従次長河井弥八日記 12.23)

②12.17
臨参命令第9号を裁可。
「命令、満州及北支那ニ左ノ如ク兵力ヲ派遣ス」

満州へ増派(混成一個旅団の派遣)
北支那へ増派(二個歩兵大隊を基幹とする地方派力の派遣)

③1932.1.8
閑院宮載仁総長を召喚し関東軍に「勅語」を与えた
この勅語によって関東軍の行動が天皇によって正義の戦い(聖戦)であることが公に認定され、関東軍の謀略や朝鮮軍による越境行為は帳消しにし、国内の満州事変に対する反対論を封殺する機能を果たした

「満州は田舎であるから事件が起こっても大した事はないが、天津、北京で起こると必ず英米の干渉がひどくなり彼我衝突の虞があると思った」
       (昭和天皇独白録・寺崎英成御用掛日記)
  ↑
 関東軍の行動追認した根拠がここだと思われる

④1933(8)1.1 熱河作戦発動

1.14
閑院宮参謀総長、満州への兵力増派を求めた折、慎重にと注意し、満州は都合よくいったけれど熱河では特に慎重に処置すべしと語った

2.4
参謀総長、熱河作戦実施に伴う関東軍の部隊配置変更(熱河作戦開始の許可)について許可を求める

天皇は万里の長城を超えて関内に侵入しない条件で許可する

2.8
斉藤実首相が熱河攻略は連盟の関係上、実行が難しいので内閣は不同意と上奏

天皇は、奈良武官長に許可を取り消したいと閑院宮参謀総長に伝えよと言う

奈良は10日に総長が拝謁に来る予定なのでその際にと、慎重な姿勢

2.10
天皇は総長に、内閣が承認してないのでと作戦中をを要求

2.11
斉藤首相が、熱河作戦を強行すれば国際連盟を除名される恐れがあるのだけれど、軍部が天皇の「御裁可」を得ていることを理由にどうしても中止に応じないと天皇に訴える

天皇は奈良武官長と中止についてやりとり
奈良武官長は内閣以外において中止は不適当と主張

2.12
天皇、長城線を越えないことを条件に熱河作戦を許可する旨参謀本部に伝えた

4月 関東軍、長城線を越え河北省に侵攻
(天皇の許可の範囲を越える)

4.18
新武官長、本庄繁(4.6関東軍司令官より就任)に「前進を中止せよという命令を下してはどうか」と下問
本庄は真崎甚三郎参謀次長に伝言

4.19
参謀総長、関東軍に長城線に復帰するよう指示

5.7
関東軍、参謀本部の同意を得た上で再度長城線を越えて作戦再開

天皇、憤慨する
(しかし作戦中止は求めなかった 現状追認 結果優先の論理)

5.25
中国側停戦申し出る

5.31
塘沽(たんくー)停戦協定・・・長城以南が非墓相地帯

軍事作戦の成功、中国政府の譲歩、英米の介入もなかったことで、天皇は関東軍の行動を承認。
大国との決定的な衝突しない範囲であるならば日本の勢力圏拡大していくことを天皇は容認した。




昭和 | 06:50:21 | Comments(0)
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