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生活クラブ浦和の「近現代史連続講座」 善方一夫先生の講座のレポートです。

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滝川事件3・文部省との攻防
~異端の追放・滝川事件3~

10/10

 人と人が繋がり今回は特別なお客様たちがいらっしゃいました。
 19才のmeiちゃんのドイツ留学時のドイツ語の先生のパオロさん。
 「魔法の9」という映画を作っている前田真吹さん。
 講義後、お二人のお話をたくさん聞かせていただきました。

      パオロさん真吹さん参加

 旧西ドイツ出身のパオロさんは
 『民主主義への道のりに興味があります』
 と短い滞在の中で講座に出席してくださいました。
 見事なmeiちゃんの同時通訳でたくさんの質問に答えて頂き
 ドイツ人と日本人の大きな意識の違いにも気付かされました。
 国境を越えて善方先生との共通点も多く
 言葉の壁を越えて交流できました。
 
 前田真吹さんは
『まずは、戦時を生きた方々に、直に体験をお聞きしたい。
 そして、彼らの「今の思い」に、しっかりと耳を傾けたい』
 とのコンセプトで「魔法の9」という映画を作っています。

   *****前田さんのご挨拶*****

  そのきっかけは2003年に映像の仕事のお手伝いで
  アフガンに降り立った時すごい廃墟だったんです。
  呑気にもう戦争は終わったのだと思い込んでいたのですが
  訪れた避難民テントのあまりの酷さに衝撃を受けて
  「本当に、戦争は、あかん」
  と言う思いが足の先からウワ~ッと来て
  家もない、食べ物もない、何もない、
  濁った水をやせ細った子どもが飲んでいる、
  一般市民が暴力を受けている、と思ったんですね。

  その後紆余曲折があり
  井戸を掘らなければいけないと募金活動をしたりして
  その後、今は主戦場で、私のような素人の外国の女が
  行っても迷惑をかけるだけとわかっているので、
  今は行くのを自粛していて四年間入れてないのですが
  全くこんなこと報道されておらず
  当時、私たちの税金で、アフガン支援と称して
  日本政府が行っていた洋上給油に関して、
  「現地の住民の為になるように、支援内容を
   変えていきませんか・・?」
  とメールを送り続けましたが無しのつぶてでした。

  そこで私に何が出来るのだろうと考えて
  結局私は日本という国を全く分かってない、
  もっと理解しなければいけない、
  と感じ、そこから
  「過去の日本の戦争を体験をされた方のお話を
   映画に記録したい」
  と思うようになりました。
  今日は、皆さんにいろいろ教えていただきたいと思い、
  お邪魔いたしました。

  ***********************

 前田真吹さんのブログ→ 「魔法の9(ナイン)」
  


◆滝川事件・文部省との攻防

前回 までのまとめ。
滝川幸辰(ゆきとき)教授が自由主義的刑法学説により19932年中央大学での講演で「犯罪は国家の組織が悪いから出るのであるから国家に対する制裁である」と述べたことが国家に批判的と捉えられた。
司法官赤化事件が引き金となり右翼や菊池武夫ら議員が司法官赤化の元凶として帝国大学法学部の「赤化教授」の追放を主張、司法試験委員であった滝川を非難。
1933年鳩山一郎文相が小西重直京大総長に滝川の罷免を要求。
京大法学部教授会および小西総長は文相の要求を拒絶したが…

◇京大側抵抗、鳩山関西へ乗り込む
1933
.5.18 小西総長、正式に文部省に対し
  滝川への辞職勧告も求職手続きもとることは出来ない
  したがって法学部教授会へは
  「諮問セズ。
   自分ハ滝川教授ノ現地位ヲ変化スル必要ナシト認トム」
  (小西メモ)と回答

.5.19 文部省「絶対ニシテ考慮ノ余地ナシ」と回答
  鳩山は大阪で公演を行うため19日から21日にかけて
  西下あと、直接小西にあって決着をつけることにした
  
  記者団に対して

鳩山談話

◇新聞報道の鳩山談話

マスコミは鳩山寄りの発表

○大阪朝日 5.20
 「総長の態度は不信極まる。今頃になって前言を翻すとは
  あたかも小西が滝川処分を引き受けていたかの言を弄したり
  法学部が強硬なのは総長選挙で佐々木が小西に負けた腹いせだ」

○大阪毎日 5.20
  「社会情勢からみて誤った学説を抱く教授は
   どしどし辞めさせるだけの権限は文相は持っている」

◇高まる危機に学生立ち上がる

5.19 正午から30分間、学部長の制止と学生課の中止命令を押し切って
  1500人参加のもとに※有信会学生全員大会を開き
  「師弟の情、向学の熱意やみがたく、ここに大学の自由擁護のため
   起ちて教授会絶対支持を声明す」と結ぶ声明書を可決

  同夜法学部教授会はこの大会は何ら学生の分にもとるところなし
  ただ手続き上幾分の不備あるのみとして一応学生に注意を与え
  不問に付した

  学生課長は運動が左右に偏せざる限り弾圧せずと記者に語る
  (大阪朝日 5.20)

 ※有信会=学生の自治組織でなく法学部の教官・学生・先輩
  その三者を会員とする親睦会(合法性獲得のための策略)

5.21 法学部学生代表7名、甲子園ホテルに宿泊中の鳩山を訪ね
  その猛省を促す決議分を朗読

5.22 法学部学生大会開催
  経済学部学生大会にて法学部学生支持を決議

◇マスコミの動き

○東京朝日 5.21
 滝川教授の処分は、一教授一身上の問題に止まらず
 文部省と大学との関係、大学の本質そのものの問題であり
 文部大臣が学説如何によって教授の身分を左右するのは
 不穏当にして不適当で政府が五・一五事件の軍人を
 予審終結決定まで現職のままにしておきながら
 著書に不穏当な…があるくらいで休職を強要するのは
 解しがたい
 (鳩山に対して批判的)

○大阪毎日 「コラム物見台」
 大学教授31名一斉解雇のドイツに比べ
 二年三年に一人、二人の「自発的退職」を余儀なくされる
 日本の学問の自由は大きい
 蛆虫、南京虫は一匹逃したら、それが忽ち大変に殖える

◇ついに文部省が休職処分を発令

5.26 鳩山、文官分限令により滝川休職処分を発令
 第11条、第1項、第4号「官庁事務ニ必要ナトキ」
 大臣は官吏を休職させることができた

 ※教授の進退は総長の具申によるという
  大学自治の慣行を完全に否定した

6.14 文部省、小西総長協議『小西解決案』を公表
 「研究の自由と大学の自治は
  『法令並従来ノ取扱令ノ範囲内二於イテ承認スル』」
 法学部教授会、自由自治の確認不十分
 滝川教授の将来の服飾について言及がないとして拒絶

6.17 小西総長辞職

7.7 松井元興 理学部教授が総長に当選

◇法学部教授、全員の辞表出す


7.10 松井総長、法学部諸教授の辞表を鳩山文相に速達

 同日、法学部の教授、助教授、講師、助手39名
 全員辞職をもって抗議

辞職声明

◇文部省、教授の切り崩し

 鳩山、硬派と目されていた6名だけの辞表のみ受理
 佐々木惣一 末川博 恒藤恭 宮本英雄 田村徳治 森口繁治

6.18 松井総長と文部省が協議、松井解決案提示
 6名以外は辞職しない
 『非常特別ノ場合・教授ノ進退ハ総長ノ具状二依ル』

 ※具状=具体的に書き述べること。また、その文章。

7.22 4名辞表撤回、恒藤・田村両教授慰留を蹴って辞職
 「非常特別ノ場合」なら勝手に文部省が教官の処分を行えるような
 解決案には従えないとする助教授以下全教官33名中、21名が辞職

 退職教授、助教授は全員 立命館大学に講師として迎えられた
  
◇京大に残った末川教授の戦後の述懐
   
末川教授かく語りき

◇学問の自由が無くなって行った

京大法学部では研究業績について基準をゆるめて
教授陣容を補充した
当時の新聞に載った投書
   
          大学の転落

 講師を求む、法律を多少解する者、研究の自由なきも、
 破格優遇、地位安固、講義は国定教科書による
 (1933年8月19日 大阪朝日新聞京都版投書欄)  
※当時小学校生徒の読本には「国定教科書」と印刷されていた

   

昭和 | 08:41:39 | Comments(0)
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